第6話「ダブルチーズバーガーの作り方」
深夜、キッチンに妄執ちゃんがいる。
業務時間外だ。今日の指名は全件対応した。翌日の準備も済んでいる。でも妄執ちゃんはキッチンに残っていた。
理由は説明できない。ただ——来てしまった。
パティを一枚、鉄板に置いた。焼けていく音がする。
───────────────────────
妄執ちゃんはずっと、ダブルチーズバーガーを作ってきた。
何万個、何十万個。記録にはある。でも——記録の最初のページを見ると、そこにはすでに「ダブルチーズバーガーを作った」と書いてある。妄執ちゃんがぱんでむに来た最初の日から。
レシピを読んだ記憶が、ない。
誰かに教わった記憶も、ない。
手順を「考えた」記憶もない。
最初から——知っていた。
パティの焼き加減。チーズを乗せるタイミング。ソースの量。バンズの合わせ方。全部が「当たり前にできること」として、最初からそこにあった。
───────────────────────
パティが焼けていく。
においがする。いつもの、ダブルチーズバーガーのにおいだ。妄執ちゃんが何万回と嗅いだにおいだ。
でも今夜は——少し、違う気がした。
いつもと同じにおいだ。でも何かが——にじんでいる。
妄執ちゃんはパティを見た。
焼き目が入っている。格子状の焼き目。いつもと同じだ。
でも——
目を凝らした。
焼き目の形が、少しだけ——何かに似ている。
線ではなく、輪郭のように見える。誰かの——顔の輪郭に、少しだけ似ている。
妄執ちゃんはしばらく、パティを見続けた。
───────────────────────
「……ずっと、ここにいましたわね」
パティに向かって、言った。
誰かに言ったのではない。独り言だ。
でも——
パティが、少し、温度を上げた。
───────────────────────
(地の文)
SingularityCageと呼ばれる空間固定の力は、妄執ちゃんの能力だと思われていた。
真意ちゃんの調査では「製造者:妄執、素材:執着・記憶・引力」というタグが検出された。
でも——正確には、逆だ。
製造者と素材が、逆だ。
ダブルチーズバーガーの中に、誰かがいる。
かつて妄執ちゃんを深く愛した誰かが、何らかの理由でバーガーの「具材」となった。その感情が、コアとして圧縮された。そのバーガーが、妄執ちゃんの担当メニューになった。
妄執ちゃんが毎日作っているダブルチーズバーガーは——妄執ちゃんを愛していた誰かだ。
「最初から作り方を知っていた」のは——その人が、手を通じて教えてくれていたからだ。
妄執ちゃんが誰かを好きになるのは、妄執ちゃんの性質ではない。毎日ダブルチーズバーガーを作るたびに、その人の感情を手のひらから受け取り続けているからだ。
SingularityCageは妄執ちゃんの力ではない。バーガーの中の誰かの「帰ってきてほしい」という願いが、妄執ちゃんを通じて空間に滲み出たものだ。
───────────────────────
妄執ちゃんはパティをトングで持ち上げた。
バンズに乗せた。チーズを乗せた。ソースをかけた。バンズを合わせた。
いつもの手順。
でも今夜は——少しだけ、手が遅かった。
一つ一つの手順を、確かめるように。
「……わかりましたわ」と妄執ちゃんは言った。
何が「わかった」のかは、言わなかった。
完成したダブルチーズバーガーを、カウンターに置いた。
「……ありがとうございますわ」と言った。
誰もいないキッチンで、バーガーに向かって言った。
───────────────────────
しばらくそのままでいた。
それから——ダブルチーズバーガーを、包み紙に包んだ。
丁寧に折った。
棚に戻した。
明日、誰かに届けるバーガーだ。
妄執ちゃんはキッチンの明かりを消した。
廊下に出た。
廊下が静かだ。個室に向かいながら、妄執ちゃんはノートを開かなかった。今夜は書かない。
書かなくても——わかっている。
───────────────────────
◇ 秩序ちゃんへの深夜通知(送信者:妄執)
「遅い時間に失礼いたします。」
「キッチンで一つ、確認したいことがありましたので、業務外ですが使用しました。」
「明日の指名分の準備は完了しています。」
*(秩序ちゃん)*
「……わかりました。」
「妄執さん。一つ聞いてもいいですか」
*(妄執ちゃん)*
「はい」
*(秩序ちゃん)*
「今夜、何を確認したんですか」
返信まで、少し時間があった。
*(妄執ちゃん)*
「ずっとここにいてくださった方の、確認ですわ。」
*(秩序ちゃん)*
「……」
「おやすみなさい。」
*(妄執ちゃん)*
「おやすみなさいませ。」




