祭りかな?
宰相代理が用意した馬車は、
順調に道なりに進んでいた。
順調、という言葉の定義が揺らぐほどに、
音は激しかったが。
まず異変に気付いたのは、
森の動物達だった。
鹿が顔を上げる。
野兎が耳を立てる。
小鳥が枝から落ちそうになる。
――ゴォォ~~ン。
――チリリリリリリ!
――カァ~~ン!
――ジャランジャラン!
森が鳴っているのではない。
馬車が鳴っている。
猟師が罠を見に行く。
「……何もかかってねぇな」
罠は空。
というより、周囲に気配がない。
虫も鳴かない。
鳥も飛ばない。
「……嫌な感じだな」
猟師は呟く。
「とんだ災難が降ってこなければいいが」
その災難の主は、至って上機嫌だった。
馬車の中。
宰相代理は揺れに合わせて揺れていた。
外の音に負けないくらい、
内心も鳴っている。
「ふふ……」
自分で笑っている。
「宰相代理と馬鹿にされていたのは、
感じていたんだよ」
揺れる。
ジャラン。
「だが今度は、正真正銘の代理だぞ」
ゴォォン。
「他国との貿易交渉なんて、
もう国王と同列に並んでいるじゃないか」
並んでいなかった。
並んでいるのは、
馬車の上の櫓に備え付けられた、
”各種サイズを一通り取り揃えてみました
”的な“鐘や鈴の数々だった。
揺れるたびに鳴る。
全力で鳴る。
遠慮がない。
時代が時代なら、大火事を知らせるあれだ。
あるいは王の崩御。
あるいは終末。
「ふふふ……」
宰相代理は気づかない。
この音が、自分の威厳を削っていることに。
森を抜ける。
山あいの小さな村が見えてきた。
その村の人々は、少し特殊だった。
基本的に、前向き。
非常に前向き。
理由がなくても前向き。
その朝。
村人たちは一様に首を傾げていた。
「……聞こえるか?」
「聞こえるな」
ゴォォン!
チリリリリリ!
「鐘……か?」
「教会の鐘じゃないな」
「じゃあ、行商か?」
「西の方じゃ、
派手なのが流行ってるらしいぞ」
一言で、空気が決まった。
「祭りだな」
「祭りだ」
「間違いない」
理由は不要。
音が鳴っている。
派手。
山から来る。
――これはやっぱり、祭りだろ!
誰もが確信した。
「屋台出せ!」
「干し肉ならあるぞ!」
「去年の酒、まだある!」
「半年熟成だが、飲める!」
誰も確認しない。
誰も疑問を持たない。
音が近づくほど、期待が膨らむ。
そして。
森の切れ目から、それは現れた。
ゴォォ~~~~ン!
チリリリリ~~~!
カラン、カラン、カラン!
カンカンカンカン!
まず見えたのは、櫓だった。
鐘。
鈴。
ベル。
カウベル。
金属の集合体。
揺れるたびに、森が震える。
その下に、少し年季の入った馬車。
「……おお」
「……すげぇな」
「今年の山車は気合い入ってるぞ」
村人たちは、完全に誤解した。
「どこの祭りだ?」
「知らんが歓迎だ!」
広場に即席屋台が並ぶ。
串焼き。
パン。
酒。
祭りは、もう始まっている。
馬車の中で、
宰相代理は異変に気づいていた。
「……な、なんだ……?」
音が変わった。
森に反響しているだけではない。
混じっている。
――人の声が。
「……歓声?」
馬車が村に入る。
完全停止。
それでも櫓は揺れる。
ゴン……チン……カラン……
余韻がしつこい。
沈黙。
そして。
「ようこそ!!」
村人の大声。
「……え?」
宰相代理は恐る恐る外を覗く。
そこには――
笑顔。
酒樽。
串焼きを掲げる腕。
なぜか既に踊っている少年。
「祭りだろ!」
「待ってたぞ!」
「音、すごかったな!」
「今年は派手だ!」
「え、え……?」
理解が追いつかない。
「い、いえ……あの、これは……」
説明しようと口を開いた瞬間。
チリン。
鈴が鳴った。
「あはは!」
「ほら始まった!」
「まだ鳴るぞ!」
誰も話を聞いていない。
宰相代理は、固まった。
(……ち、違う……)
(これは熊避けで……)
だが言葉は、笑い声に飲み込まれる。
「飲め!」
酒を渡される。
「旅の安全祈願だ!」
「今年の賑やかし役、最高だな!」
「い、いえ私は……!」
一歩引く。
ゴォォン!
櫓が揺れる。
「おおおっ!」
「もっと鳴らせ!」
「派手だ派手だ!」
宰相代理は青ざめる。
頭の中で計算が始まる。
――音を止めると、熊が来る。
――鳴らすと、祭りが加速する。
どちらも地獄。
村の子供が櫓に登る。
「おおー!すげぇ!」
「こら降りろ!」
兵士が止める。
鈴を一つ外す少年。
「これ売れるかな?」
「売るな!」
屋台の酒が回る。
「宰相様!挨拶を!」
「え、えぇ!?」
急造の壇上に立たされる。
背後で鈴が鳴る。
チリン。
ゴォォン。
「え、えー……本日は……」
ゴン!
音で消える。
「もっと大きな声で!」
「本日は――」
ジャランジャラン!
消える。
かき消される。
そして誰も内容を聞いていない。
だが歓声は上がる。
「乾杯!」
「乾杯!」
「か、乾杯……」
流される。
酒を飲む。
強い。
「うおっ……」
「いい飲みっぷりだ!」
背中を叩かれる。
ゴン。
櫓が鳴る。
祭りは加速する。
村人は踊る。
兵士は困る。
宰相代理は揺れる。
夜。
焚き火が上がる。
それでも鐘が鳴る。
鈴が鳴る。
笑い声が山に響く。
宰相代理は馬車の端で膝を抱えていた。
(……熊より……)
(人の方が怖いかもしれない……)
だがその脳内はまだ元気だった。
(待てよ……)
(私はこの村を熊から守ったのでは……?)
(むしろ英雄……?)
(このまま“祭り外交”で名を上げれば……?)
頭の中は完全にお祭り状態。
だが現実は。
「鈴もう一個外せ!」
「こら!売るな!」
「この鐘、家の門に付けたい!」
「持って帰るな!」
櫓が徐々に軽くなる。
宰相代理、蒼白。
――音が減るという事は……。
熊が来る。
震える。
「戻せ!戻すのだ!」
「えー?」
村人、笑う。
鐘は鳴り続ける。
山の奥へ、その音は届いていた。
だが。
そのさらに奥。
どこかの地下で。
別の金属音が、規則正しく鳴っていた。
カン。
カン。
カァン。
熊の頭付き毛皮を脱いだ王が、
汗を流しながら、
金属を打っていた。
祭りの鐘よりも、
よほど静かに。
よほど真剣に。
そして山のどこかの熊は、
その鐘の音よりも、
鉄を打つ打撃音の方が心地よくて、
眠そうに欠伸をしていた。




