フフググについて「漁師の証言」
なんだったんだあれは。
「まぁ気を取り直して」
執事は、顎に手をやって、時間を確認した。
「そろそろか」
そして。
「呼ばれましたか」
低い声。
床を踏み締める音量。
ガタイの良い男が入ってきた。
日に焼け、腕が太い。
「フフググについて語ってくれ」
わかりました。
「大きさは?」
早速、執事が尋ねる。
「そうですね。
丁度俺の肘から指の先ってとこですかね。」
皆んなジジイに疑いの目を向ける。
ジジイは吹けない口笛を吹く真似をし、
顔を明後日の方に向けて目を逸らす。
執事はジジイに目もくれず、次の質問を投げる。
「船が引っ張られるとか」
「ええ、十年前、河口の“ヌシに”引かれましたね」
広間が静まる。
「舟が?本当に?」
さっきまで言ってたジジイ本人が、何故か目を丸くする。
執事は続けて問う。
「外洋船ではないのか」
「違います」
漁師が淡々と特徴を並べ始める。
その語り方は堂々として、説得力をはらんだ。
漁師曰く。
「汽水域に棲みます」
「群れません」
「口は硬い」
「針は折れます」
執事はすかさず。
「十本中九本くらい?」
「そう、それくらい」
静かに事実だけが並ぶ。
誇張が削ぎ落とされる。
国王は、折れた針に目を落とす。
熊が、こくり。
料理長が言う。
「まぁ、釣れなきゃ話にならないな」
漁師が続ける。
「獲るには、覚悟が要る相手だ」
老人が、小さく頷いた。
「……そこは本当じゃ」
誇張は消えた。
残ったのは、現実。
国王は、ぽつりと呟く。
「……魚の前に」
ニヤリ。
「針だな」
広間に、静かな決意が落ちた。
「そうだ、“狙って折る”と申したな」
国王が、静かに問う。
「はい、流石河口のヌシ」
漁師は頷いた。
「やつは掛かった瞬間、暴れません」
「暴れない?」
宰相代理の声が裏返る。
「はい」
漁師は折れた針を指で摘まんだ。
「まず――舌で転がします」
広間が、しん、と静まる。
あえて翻訳するなら……。
「何を言ってるんだ?コイツ」
だが、そこは魚と対峙する人々は違う。
情報収集は真剣勝負そのものだ。
「舌で転がす?」
料理長が低く聞き返す。
「はい」
漁師は続ける。
「口の中で、ゆっくりと」
指先で、ころり、と転がす仕草。
「舌で、転がす」
なんとなく想像できてしまう。
湿った口内。
冷たい金属。
それを。
転がす。
「餌を味わうのではありません」
漁師の声は淡々としている。
「針を、味わいます」
宰相代理の背筋が冷たくなる。
もう理解の範囲は超えていると思われる。
「……味わう?」
「重さ」
「太さ」
「先端の角度」
ために溜めて。
「“折れるかどうか”を確かめます」
熊が、こくり。
その頷きだけが妙に重い。
「そして?」
国王が静かに問う。
「熟成が甘いと」
漁師は言った。
「怒ります」
沈黙するしか無かった。
「怒る?」
「はい」
小さく頷く。
「熟成が足りない金属は」
ゴクリ。
「舌で分かる」
料理長の目が細くなる。
「熟成……」
国王も呟く。
「焼きが甘いと」
「金属の締まりが違う」
執事が、ゆっくりと息を吐いた。
「理にかなっている」
「そして」
漁師は、折れた針を指で持ち直す。
「噛み砕きます」
静寂。
言葉は軽い。
だが重い。
「砕く?」
宰相代理の声が震える。
「はい」
漁師は、両手でひねる仕草をした。
「舌で転がし」
「位置を決め」
「歯で挟み」
「ひねる」
小さな動き。
だが確実。
「カチン」
その音が、広間の奥で鳴った気がした。
「力ではありません」
漁師は言う。
「力で折るなら、もっと太い縄も切れます」
「だがそうではない」
「構造の隙を突くと言えば良いかと」
国王の目が光る。
「噛み砕く、というより」
漁師は少し言い直した。
「折れる角度を探す」
舌で。
探る。
味わう。
判断する。
「だから」
片手を魚、片手を釣り針に見立てて。
「掛かってすぐに折れることは、少ない」
「そう、時間がある」
宰相代理の顔が青くなる。
「時間が……?」
「はい」
「口の中で、選別しています」
広間の兵が、ごくりと唾を飲む。
料理長が、ぽつりと呟く。
「選別する魚……」
言葉の後に、目がわずかに光る。
興味か。
警戒か。
「熟成が甘いと怒る、と申したな」
国王が問う。
「はい」
「怒ると?」
「強く噛む」
「強く?」
「そして」
皆んなが息をのむ。
「砕く」
折れた針が、卓上で軽く揺れた。
「十回に九回?」
宰相代理が問う。
「それくらい」
「なぜ九回も?」
「舌が合う」
「……舌が?」
「角度が合う」
静かに。
「そして全てが」
漁師は見回しながら……。
「折れる」
広間は、静まり返った。
肘から先ほどの魚。
だが。
舌で針を転がし。
熟成を見抜き。
怒って砕く。
即ちグルメ。
怪物ではない。
だが。
構造の隙間を見抜く相手。
国王は、折れた針を見つめる。
ゆっくりと指で弾く。
軽い音。
「……魚の前に」
ニヤリ。
「針だな」
熊が、ゆっくりと頷いた。
今度は、誰も笑わなかった。




