表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/15

フフググについて「漁師の証言」

 なんだったんだあれは。


 「まぁ気を取り直して」


 執事は、顎に手をやって、時間を確認した。

 

 「そろそろか」


 そして。


「呼ばれましたか」


 低い声。

 床を踏み締める音量。

 ガタイの良い男が入ってきた。

 日に焼け、腕が太い。


 「フフググについて語ってくれ」


 わかりました。


 「大きさは?」

 

 早速、執事が尋ねる。


「そうですね。

丁度俺の肘から指の先ってとこですかね。」


 皆んなジジイに疑いの目を向ける。

 ジジイは吹けない口笛を吹く真似をし、

顔を明後日の方に向けて目を逸らす。



 執事はジジイに目もくれず、次の質問を投げる。


 「船が引っ張られるとか」


「ええ、十年前、河口の“ヌシに”引かれましたね」


 広間が静まる。


「舟が?本当に?」


 さっきまで言ってたジジイ本人が、何故か目を丸くする。


 執事は続けて問う。


「外洋船ではないのか」


「違います」


 漁師が淡々と特徴を並べ始める。

 その語り方は堂々として、説得力をはらんだ。


 漁師曰く。

 

「汽水域に棲みます」

「群れません」

「口は硬い」

「針は折れます」


 執事はすかさず。


「十本中九本くらい?」


「そう、それくらい」


 静かに事実だけが並ぶ。

 誇張が削ぎ落とされる。


 国王は、折れた針に目を落とす。

 熊が、こくり。


 料理長が言う。


「まぁ、釣れなきゃ話にならないな」


 漁師が続ける。


「獲るには、覚悟が要る相手だ」


 老人が、小さく頷いた。


「……そこは本当じゃ」


 誇張は消えた。

 残ったのは、現実。


 国王は、ぽつりと呟く。


「……魚の前に」


 ニヤリ。


「針だな」


 広間に、静かな決意が落ちた。


「そうだ、“狙って折る”と申したな」


 国王が、静かに問う。


「はい、流石河口のヌシ」


 漁師は頷いた。


「やつは掛かった瞬間、暴れません」


「暴れない?」


 宰相代理の声が裏返る。


「はい」


 漁師は折れた針を指で摘まんだ。


「まず――舌で転がします」


 広間が、しん、と静まる。


 あえて翻訳するなら……。


「何を言ってるんだ?コイツ」


 だが、そこは魚と対峙する人々は違う。

 情報収集は真剣勝負そのものだ。


「舌で転がす?」


 料理長が低く聞き返す。


「はい」


 漁師は続ける。


「口の中で、ゆっくりと」


 指先で、ころり、と転がす仕草。


「舌で、転がす」


 なんとなく想像できてしまう。


 湿った口内。

 冷たい金属。

 それを。

 転がす。


「餌を味わうのではありません」


 漁師の声は淡々としている。


「針を、味わいます」


 宰相代理の背筋が冷たくなる。

 もう理解の範囲は超えていると思われる。


「……味わう?」


「重さ」

「太さ」

「先端の角度」


 ために溜めて。


「“折れるかどうか”を確かめます」


 熊が、こくり。

 その頷きだけが妙に重い。


「そして?」


 国王が静かに問う。


「熟成が甘いと」


 漁師は言った。


「怒ります」


 沈黙するしか無かった。


「怒る?」


「はい」


 小さく頷く。


「熟成が足りない金属は」


 ゴクリ。


「舌で分かる」


 料理長の目が細くなる。


「熟成……」


 国王も呟く。


「焼きが甘いと」

「金属の締まりが違う」


 執事が、ゆっくりと息を吐いた。


「理にかなっている」


「そして」


 漁師は、折れた針を指で持ち直す。


「噛み砕きます」


 静寂。

 言葉は軽い。

 だが重い。



「砕く?」


 宰相代理の声が震える。


「はい」


 漁師は、両手でひねる仕草をした。


「舌で転がし」

「位置を決め」

「歯で挟み」

「ひねる」


 小さな動き。

 だが確実。


「カチン」


 その音が、広間の奥で鳴った気がした。


「力ではありません」


 漁師は言う。


「力で折るなら、もっと太い縄も切れます」

「だがそうではない」

「構造の隙を突くと言えば良いかと」


 国王の目が光る。


「噛み砕く、というより」


 漁師は少し言い直した。


「折れる角度を探す」


 舌で。

 探る。

 味わう。

 判断する。


「だから」


 片手を魚、片手を釣り針に見立てて。


「掛かってすぐに折れることは、少ない」

「そう、時間がある」


 宰相代理の顔が青くなる。


「時間が……?」


「はい」


「口の中で、選別しています」


 広間の兵が、ごくりと唾を飲む。

 料理長が、ぽつりと呟く。


「選別する魚……」


 言葉の後に、目がわずかに光る。


 興味か。

 警戒か。


「熟成が甘いと怒る、と申したな」


 国王が問う。


「はい」


「怒ると?」


「強く噛む」


「強く?」


「そして」


 皆んなが息をのむ。


「砕く」


 折れた針が、卓上で軽く揺れた。


「十回に九回?」


 宰相代理が問う。


「それくらい」


「なぜ九回も?」


「舌が合う」


「……舌が?」


「角度が合う」


 静かに。


「そして全てが」


 漁師は見回しながら……。


「折れる」


 広間は、静まり返った。


 肘から先ほどの魚。

 だが。

 舌で針を転がし。


 熟成を見抜き。

 怒って砕く。

 即ちグルメ。

 

 怪物ではない。

 だが。


 構造の隙間を見抜く相手。


 国王は、折れた針を見つめる。

 ゆっくりと指で弾く。

 軽い音。


「……魚の前に」


 ニヤリ。


「針だな」


 熊が、ゆっくりと頷いた。


 今度は、誰も笑わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ