最終話「世界で一番君が好き」
「姫野さん!!」
家から近くの病院を手当たりしだいに行って姫野澪はいるか聞きまくった。
姫野さんにメッセージを送っても返事はなく自力で探すしかなかった。
でも姫野澪っていますか?と聞いても答えてくれる病院はほとんどない。
だから姫野澪の面会に来ました、とあたかもこの病院にいることを知っているかのように尋ねた。
それでやっとたどり着いた姫野さんの病室。
真っ白なドアを横にスライドして開けた。
「葵木、くん?」
姫野さんは個室のベットで上半身だけを起こして本を読んでいた。
姫野さんは顔を上げて目を丸くしてこちらを見つめていた。
「だ、大丈夫なのか?」
姫野さんは首を傾げて不思議そうにしていた。
「大丈夫だよ、それよりも…」
「よ、よかったぁ………」
俺は安堵してその場に座り込んでしまった。
走り続けたため足に力がうまく入らない。
「DMの返信ないから、もしかしたらって…よかったほんとに」
「スマホいじってなかったからDM気づかなかった。ごめんね」
なんだ、そういうことか。
なんにせよ無事で本当に良かった。
「どうして?」
姫野さんが座り込む俺におずおずと聞いてきた。
「どうして知ってるの?」
あぁ、そうだよな。
現実の俺には交通事故のこと伝えてないもんな。
伝えるなら今、今しかない。
「マネージャーさんから聞いたんだ」
「…え?」
なんのことだか理解できていない姫野さんを横目に話を続ける。
「れいくんが交通事故で病院に運ばれたから今日のコラボは中止でお願いしますって」
俺は立ち上がりながら言った。
「ん~と、え?」
口をあんぐりと開けて情報が処理しきれていなさそうだ。
「俺、配信者の葵木依織。同姓同名で活動してるけど、ほら声とか同じでしょ?」
「え…あ、」
そこまで言ってやっと状況を理解したようだ。
「どうして…」
「隣から結構音聞こえたから、黙っててごめんね」
「うん…あっ!」
姫野さんの顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「もしかして今までの相談とかって……?」
「うん、気づいてたよ」
すると姫野さんはうつむいて俺に聞こえないくらいの声で呟いた。
「……ばか」
姫野さんは窓の外に目を向けて言った。
「じゃあ私は好きな人に好きな人のこと相談してたんだ」
「そうだね」
「あーもう恥ずかし!それで付き合えないって相当脈なしだったんだね私」
「そんな…」
俺の言葉を聞かずに続ける。
「そもそもDMの返信もずっとそっけなかったもんね。これでも私ちゃんと傷ついてたんだよ?」
それは姫野さんを思ってのことで…
「だから思い切ってご飯に誘ってみたり匂わせるような発言もしてみたの。でもダメだった。好きって言いかけた時も葵木くんは一切表情変えなかったし嬉しくなさそうだった。だから申し訳なくなって距離もとったりした」
でも、と言って姫野さんは続ける。
「やっぱり諦められないよ…葵木くんのことがどうしようもないほど好きだから。いつもふとした時に葵木くんのこと考えちゃうし、好きの気持ちでいっぱいになるの」
俺は黙って姫野さんの言葉に耳を傾けた。
「昔下心丸見えの男子に嫌な事されて男の人が怖くなってさ。ボイチェン使って配信してた理由もそれなの。大好きなVTuberにかかわる仕事がしたくてにじすくーる!のバイトに申し込んだら何故か気に入られちゃってね、でも男の人が怖いからって断ったの。そしたら事務所の人がボイチェンでもいいからって言ってくれたから始めてみたの」
そう言うことだったのか…
「VTuberの活動を通して男の人が怖いって感情も薄れていったの。それでもまだ下心で接してくる男子とかは怖くて…でも葵木くんにはそれがなかった。惹かれるのには十分だったの。もちろん好きな理由はそれだけじゃなくていっぱいあるよ、数えきれないくらいいっぱい」
心なしか姫野さんの声は少し震えているように聞こえた。
「でもいくら緊張してたにしろ最初冷たく当たちゃった私の自業自得だね。だからもう今日で最後にするね」
「姫野さん…」
窓の外から再びこちらに顔を向けた姫野さんの顔に言葉が出てこなくなる。
「ごめんね、失恋したんだって思ったら涙止まんなくて」
れいくん…姫野さんのためにこの気持ちは隠すと決めていた。
この気持ちを自覚してしまったとしても、芽生えてしまったとしても、伝えない。
そう決めていた。
でも姫野さんのこの涙を見たら…
「姫野さん、俺も…俺も好きだ。好きだよ姫野さん…!」
言葉が勝手に漏れ出ていた。
「俺には無理だった、この気持ちに嘘をつき続けるなんて」
ゆっくりと息を吸って一言ずつ丁寧に紡ぐ。
「れいくんの配信の邪魔になると思って好きになっちゃいけないと思ってた。大好きな姫野さんに迷惑をかけたくなかったから」
一歩、また一歩とゆっくりと姫野さんに近づく。
「もし俺のせいでれいくんが炎上して姫野さんが傷ついたらって考えたら怖くて仕方がなかった。だから自分の気持ちに蓋をした、嘘をついたんだ」
やがて姫野さんのすぐ近くまでついて足を止める。
「でも気づいたんだ。姫野さんが大好きだってこと、自分のものにしてしまいたいって思ってること」
俺は姫野さんの目元にそっと手を伸ばす。
「でもその気持ちも隠そうと思ってた。でも、」
姫野さんの頬を伝う涙を指で優しく拭き取る。
「姫野さんには泣かないでほしい、いつも笑顔でいてほしい。だって笑顔が一番似合う世界一可愛い女の子だから」
気づけば姫野さんの涙は止まっていた。
一呼吸おいて、どんどんと騒ぎ立てる心臓を無視して言う。
「姫野さん、世界で一番君が好きです。俺と付き合ってください」
1秒、10秒、1分、5分、10分、どのくらい経ったのだろうか。
本当はせいぜい5秒とかだろうがその時間はとてつもなく長く感じた。
静寂を破ったのは姫野さんの小さな声だった。
「みお…」
「え?」
「これからは澪って呼んで」
「そ、それじゃあ…」
「うん、これからよろしくね?彼氏くん!」
満面の笑みで笑う姫野さん…いや、澪はやっぱり世界で一番かわいかった。
そんな愛おしい彼女を前にここが病院だということさえも忘れ、澪の柔らかな唇に気づけば口づけをしていた。
人生で初めてのキスは、甘い味がしたんだ―――
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エピローグもあるよん




