第7話「彼女の隣に立つ資格」
「お、お邪魔します」
俺は恐る恐る姫野さんの部屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
リビングに入るとすぐにカレーの香ばしいいい匂いが鼻を刺激した。
「カレーを作りすぎちゃったの?」
「うん」
でもカレーって作り置きできるから作りすぎても問題ないのでは…?
ちょっと意地悪しちゃおうかな。
「カレーって作り置きできるから作りすぎても問題ないんじゃ…?」
「えっと、葵木くんと一緒に食べたかったの…」
「あ…え?」
このカウンターは予想してなかったな…
てか恋だって気づいてから姫野さん攻めが激しすぎませんか!?
「ささ、座って!一緒にご飯食べよっか」
促されるままに食卓に座りご飯を待った。
「あの、手伝うよ」
「いいのいいの、盛り付けるだけだし楽にしてて」
そう言われちゃ仕方ない。
姫野さんの後ろ姿を眺める。
なんか、新婚夫婦みたいだな。
「なんか新婚夫婦みたいだね」
えっ?
「ひ、姫野さん?」
「そう思わない?」
そう思うも思わないも何も、丁度そのことを考えていたんですよ…
「俺なんかじゃ姫野さんに釣り合わないよ…」
そう言うと姫野さんは振り返って頬を膨らませて怒っていた。
えっ、なんで?
「葵木くんはそういうところがダメだと思う!」
えぇ…、これ俺怒られてる…?
と言っても怒り方が可愛すぎてあまり怒られてる気はしないけど。
「葵木くんは自分のこと卑下しすぎ!優しくてカッコいいんだし私の隣でも全然おかしくないしむしろ私の方が……っ!」
そこまで言って姫野さんはハッとした表情を浮かべた。
気づくの遅すぎだよ…
俺はもともと知ってたからいいけど(よくない)知らなかったら好きバレしてたぞ。
ちなみにこんな平静を装っているが全然大丈夫じゃない。
しっかり食らってる。
「わ、忘れて」
忘れられないよそんなの…
好きってことは知ってたけどまさかカッコいいとも思ってくれてたなんて。
「た、食べよっか」
「そうだね」
それ以降は少し気まずい空気の中、その日は幕を閉じた。
♢♢♢
今日はいよいよれいくんとのコラボの日。
あの日以降姫野さんからの攻めが極端に少なくなった。
それまでは何かと理由を付けてDMしてきたりしていたがそれもほとんど無くなったのだ。
俺としては好きになる心配がなくなることはありがたい、ありがたいはずなんだけど…
この胸の痛みは何なのだろうか。
姫野さんはあの日の件を気にしてるのかはたまたほかの理由があるのか…
思い当たる節と言えばれいくんが性別を公表したことだろうか。
女性だと思っていたVTuberが実は男性だった、とかだったら炎上するケースをよく見かけるがれいくんに関しては特段燃えている雰囲気がなかった。
でもどこにでも一定数燃やしたがりな人間はいるわけで一部では盛り上がっていたが大多数が歓迎派だったためそこまで目立たなかった。
「何かほかに理由があるのかな…」
気になっていても仕方ない。
あと2時間後には配信の時間なんだ。
俺がしっかりしないでどうする。
「よし、頑張ろう」
そう口にした瞬間だった。
俺のスマホにれいくんのマネージャーから連絡が入っていた。
そこに並ぶ文字列を目にした瞬間目の前が真っ白になった、そんな気がした。
【れいが交通事故で病院に運ばれたので本日のコラボ配信は無しということでお願いします。すみません】
「れいくん……いや、姫野さんが交通事故………」
脳裏に蘇る過去の記憶。
大好きで大好きで仕方がなかった母の最期の顔。
最期に間に合わなかった自分への留めようのない自己嫌悪。
後悔、自責の念、痛み、苦しみ、虚無感、喪失感、寂寞…
思い出せば思い出すほど痛みで胸がいっぱいになっていった。
走りださなきゃいけないのに、過去の自分と同じ失敗はしてはいけないのに、あの時見た死に顔が脳裏をちらついてもうあんな思いはしたくないと足を固めていた。
でも、でも……
「いやそんなことないむしろすk………すごいいい人だと思う」「大丈夫!大事な気持ちに気づいたから!」「葵木くんだから誘ってるの。他の人なら誘わない…葵木くんじゃないとだめなの」「ひ…ひみつ」「だめ…?」「えっと、葵木くんと一緒に食べたかったの…」「なんか新婚夫婦みたいだね」
脳裏に浮かんできたのは表情豊かなたくさんの可愛い女の子の記憶。
その言動、行動すべてが愛おしい女の子。
正義感や責任感が強くて与えられた仕事を全部一人で背負い込んじゃう不器用な女の子。
誰にでも優しくて、皆の人気者の女の子。
多くの人に幸せを届けることができるかっこいい女の子。
俺も救われた頼りになる女の子。
俺のことが大好きな素直な女の子。
……………そして、俺が大好きな一人の女の子。
あぁそうだ、そうだよ。
本当はずっと前から気づいてた。
見て見ぬふりをしていた。
彼女のため、彼女のためと言い聞かせて自分の気持ちを偽っていた。
本当は自分を守るためだけの醜い言い訳だったことにも気づいていた。
どこかで彼女を信じ切れずに自分が傷ついてしまうことを恐れてた。
彼女は俺なんかのことを釣り合う、と言ってくれた。
そんなわけない、こんな醜い俺に彼女の隣に立つ資格すらないんだ。
でもそんなもの言い訳にならない。
自分の感情に気づいた、気づいたんだろ?
なら動け、動けよ葵木依織………!!!!!
その次の瞬間には、葵木依織は力強く走りだしていた。




