第5話「これは反則だよ姫野さん…」
「おはよ~…ってまた夜更かししたのか」
月曜日、これまた開口一番に荻野にそう尋ねられた。
口が裂けても俺の推しの姫野れいがクラスのマドンナの姫野澪と同一人物でさらに、姫野さんに気になられてるのが分かって土日ほぼ寝れなかったなんて言えない。
「病に侵された。恋の」
こう言っとけばいつも通り冗談だと受け流してくれるだろう。
「え…まじ?」
「…え?あ…その、冗談ね冗談」
「え?ガチの反応じゃん」
はい?
「カマかけただけなのに、その反応はガチじゃん」
「え、いやマジ違うし」
本当に違う。
《《まだ》》好きじゃないし。
「ふ~ん、まいいけど」
助かった…のか?
ちなみにれいくんとのコラボは今週の金曜日に決まった。
打合せの際にれいくんのマネージャーさんとも色々話したが、れいくんがボイチェンを使ってまでVTuberになったのは事務所の意向らしい。
細かいことは聞けなかったが、リスナー達にも勘づかれてるからこれを機に今度すべてを公開すると言っていた。
そこまでして守ってきたものを今さらけ出していいのかと思ったがれいくん本人が決めたことだから事務所側は全面的にバックアップすると言っていた。
「あ、」
「ん?」
この視線の感じは俺の後ろに人がいるな?
そして荻野のこの漢字は後ろにいるのは姫野さんだな?
そう思って後ろを向いたら予想通り姫野さんだった。
「こ、《《こんにちは》》」
姫野さんが少し顔を背けながら挨拶をしてきた。
でも俺は姫野さんがそうしてくるのを知っていた。
なぜかって?
それは俺がれいくんにアドバイスしたからさ。
………俺がしたアドバイスを実際にされるの、恥ずかしすぎる。
ちなみになんで俺を気になっているのかは聞いてない。
聞いたら好きになっちゃダメなのに本当に好きになっちゃいそうだからだ。
なぜ好きになったらダメなのか?
それは姫野さんは裏では大手企業VTuberだからだ。
そんな人に恋人の影でも見せたら本当にまずい。
普通の恋愛ですら許されない、ここはそういう世界なのだ。
あと普通に現実世界でも学園のアイドル的な立ち位置にいる姫野さんに男がいるなんて噂になったら《《俺が》》生きていけなくなる。
「《《おはよう》》、姫野さん」
俺がそう返すと姫野さんはハッと気づいたように顔を赤らめてからやらかした、という表情をしてその場を去っていった。
「おい依織、どういうことか説明してもらおうか」
あ………
もしかして…
そう思って周りを見渡すと会話が聞こえてたであろう範囲の人たちはみんな俺の方に鋭い視線を刺してきていた。
そうだよな、付き合わなかったらいいって問題じゃないよな。
学園のアイドルに男の影が少しでもあったらみんなそうなるよな。
なんなら俺は先週姫野さんからめっちゃ嫌われてるやつ認定されてるからそんな奴が話してたら余計そうなるのも頷ける。
「別に挨拶されたから返しただけだよ」
夜道の背後が怖いので、死ぬ気でごまかしてその場を切り抜けることに成功した。
♢♢♢
結局その日はそれ以降何かあるわけでもなく平和に(?)終わった。
家に帰ったられいくんからヴィスコードが来ていた。
姫野れい『あいさつできた!でもおはようじゃなくてこんにちはって言っちゃってすごい恥ずかしかった…』
葵木依織『そんな日もあります!あとはこれ続けて自分なりにアピールしてみることです!』
姫野れい『そうだよね!がんばるます!』
姫野さん、可愛いなぁ。
でも、姫野さんのためにも絶対に落ちちゃだめだ。
うん。がんばれ俺の理性。
姫野れい『ちょっと攻めてみてもいいかな?』
葵木依織『攻める?』
姫野れい『隣の部屋だからさ、ご飯作りすぎちゃった~って体で一緒にご飯食べる、とか』
おいおいおいおい、それはまずい。
何がまずいかって?
そんなもん俺の心臓が持たないからに決まってるだろ!
なんとしてでも阻止しなきゃ。
葵木依織『でも今は気になってるだけなんですよね?そういうのは本当に心から好きになってからするべきだと思います』
姫野れい『………ほんとに好きになっちゃった』
え?
葵木依織『え?』
姫野れい『学校で目の前で可愛いって言ってたの聞いちゃったのがきっかけでそれから目で追うようになったんだけど、みんなに優しくてかっこよくて笑ったときにクシャってなる顔がすきだし、みんなもう帰ってるのに私の仕事手伝ってくれたこともあったし、たまに目があったら恥ずかしそうに目をそらすのも可愛くて仕方ないし、いつも真面目に授業受けてるけどたまに睡魔に負けて寝ちゃったときの寝顔が愛おしくてたまんないし、ふとした時に彼のこと考えちゃってるし……恋したことない私でもこれが恋なんだって分かるくらい彼のことが好き』
あぁ、これは反則だよ姫野さん…
顔が熱い、今の俺はどんな顔をしてるんだろう。
きっとにやけ面の締まりのない情けない顔をしてるんだろうな。
少しでも油断したらすぐに好きになってしまいそうだ。
でも、だからこそ姫野さんと一緒に食事をするなんてイベント避けなければ。
姫野れい『だから私行ってくる!応援しててね依織君!』
え…
葵木依織『ちょっと待ってれいくん!』
咄嗟に送ったメッセージに既読はつかなかった。
返信の代わりに来たのは…
ピンポーン
来客を知らせるチャイムの音だった。




