第3話「葵木くんだよね?」
「なぁ依織、どうしてそんなに眠そうなんだ?」
れいくんが隣に住んでることが発覚した次の日、開口一番に荻野にそう尋ねられた。
でも隣の部屋に登録者100万人のVTuberが住んでたことが発覚して一睡もできなかった、なんて言える訳ない。
ここは適当に。
「好きな子のこと考えてたら寝れなかった」
「絶対嘘だろお前、棒読みすぎるぞ」
ばれたか。
「そもそもお前に好きな人ができる未来とか見えん」
こいつは俺のことを馬鹿にしているのかな?
「あの姫野さんのことでさえなんとも思ってなさそうだもんな」
「いや姫野さんは可愛いと思ってるぞ」
「あ、」
「あ?」
明らかに荻野の視線が俺の方を向いていない。
「お前どこ向いてんだ?」
俺の後ろあたりをじっと見つめている。
ゆっくりと視線を後ろに移すとそこには噂の美少女、姫野澪がいた。
「あ、」
あああヤバい、聞かれたか?
「聞いてた…かな?」
そう聞くと姫野さんはゆっくりと頷いた。
「いや、ごめんその…違くて…」
「違うの?」
「いや違くはないけど違くて…」
明らかに動揺している俺と極めて冷静な姫野さん。
対照的すぎる俺たちを見て荻野が必死に笑いを堪えているのが目に入った。
あいつ、あとでシバく。
「大丈夫、あなたの言葉なんて気にしない。言われ慣れてるから」
ひゅーー、とあたり一帯が吹雪と化した。
あれ、やっぱり俺って嫌われてたみたい。
「ご、ごめん…」
俺がそう言うと姫野さんは自分の席へと戻っていった。
そして一周回って冷静になった俺の耳に周りの会話が嫌というほど入ってくる。
「姫野さんって誰にでも分け隔てなかったよな」
「男子と話す機会は確かに多くはないけど、あんな対応されてる人初めて見たぞ」
「姫野さんにあそこまでの態度を取らせるって…」
「あいつ何やらかしたんだ?」
そうです、その通りなんです。
誰にでも優しい姫野さんがあそこまで冷たい反応をするなんて俺が何かやらかした以外考えられない。
でも…そんなの身に覚えないぞ!?!?
あぁ完全に悪者=俺という構図が出来上がってしまっている。
「なぁ荻野、さっきの俺を見て笑ってたことは見逃してやる。だからせめて落ちた骨ぐらいは拾ってくれよな」
「その冗談言えるなら大丈夫だな」
確かに俺はメンタル強いほうだけどさすがにちょっとくるなこれは。
まぁ明日から土日で学校休みだし大丈夫か!
明日はれいくんとのコラボ配信の打ち合わせもあるし楽しいことで上書きしちゃおう。
なんて楽観的な考えもその日の夕方には破壊されてしまうのだった。
♢♢♢
家に帰ってから一人になると今日の出来事が永遠と頭の中をぐるぐる回っていた。
「あそこまで嫌われてると思わなかったなぁ…」
今日の配信休もうかな。
うん、今日ばかりは仕方ないよな。
そう思った俺は休みの告知をするべくスイッターを開いた。
するとれいくんのサブ垢がタイムラインに流れてきた。
『また今日もやらかしちゃったよぉ…この前言ってた異性の子に冷たく当たっちゃった…本当はそんなこと思ってないのに突然のことでびっくりしちゃって…。みんな慰めてくれ~~~!!』
↘れいくん大丈夫!そんな日もあるさ!
↘初々しくておじさんほっこりだよ
↘やっぱりれいくん女性説あるかこれ…!?
↘切り替え大事!
れいくんも苦労してるんだなぁ。
その時ふと思いついた。
明日隣の部屋だってこと伝えるつもりだったけどどうせなられいくんの部屋の前で待ち伏せて驚かせてみようかな。
ドッキリみたいな感じで実は隣の部屋でしたよ~って。
「ありだな」
でも問題はどうやって外に出すかだな。
「ん~どうしよっかな」
………………………………………………。
…何にも思いつかん。
まぁ無難に明日伝えるでいっか。
急にそれ伝えるためだけにピンポンとかされたらきもいしな。
コラボの話もなくなっちゃうかもだし。
てかそもそも一年ちょっとここに住んでるのに一回も会ってないってすごいよな。
ある意味豪運?
「あ、そういえば夕飯の準備してないや」
そう思って冷蔵庫を開けるも何にも入ってない。
「先週の買い物、最低限にしすぎたな」
先週の自分少しでも荷物軽くするために最低限しか買わなかった先週の俺、許すまじ。
「仕方ない、コンビニ飯でも買いに行くか」
そう結論づけ、外に出る支度を始めた。
♢♢♢
「結局出前頼むのとほぼ同じ値段になっちゃったな」
自宅のマンションのエレベーターの中で呟く。
まぁ明日の朝の分まで買ったから仕方ない。
夜食も配信には必須だしな。
それはそうと明日の打ち合わせ楽しみだなぁ。
そんなことを考えていると自分の階の6階を知らせるアナウンスが一人だけのエレベーター内に響いた。
当初の予定よりも少し重くなった荷物を手にぶら下げながら自分の部屋の前に行き、ポケットの中の鍵を探す。
がちゃっ
その時、隣の部屋…れいくんの住んでるほうの部屋の鍵が開いた。
狙ってないのにこのタイミング、計画とは違うけどここで伝えて驚かせちゃおう!
そう思った俺は鍵を挿したまま出てくるのを待った。
憧れの人と会える、その事実がもしかしたられいくんは女性かもしれないという一つの説を完全に消し去っていた。
だからその衝撃はものすごいものだった。
「えっ?……葵木くん?」
出てきた姫野れいであろう人物とばっちり目が合い、声までかけられた。
目の前の光景に理解が追い付かず、少しの間フリーズしてしまった。
「あれ?葵木くんだよね?」
再び名前を呼ばれ、俺はゆっくりと口を開いた。
「………姫野さん」
それが俺と姫野さんとの恋物語の始まりだった―――




