第1話「素直じゃない」
♢♢♢
鳴りやまない通知の音で目が覚めた。
まだ5時30分、学校に行くには早すぎる時間だ。
「なんだあ…」
眠い目をこすりながら振動し続けるスマホに手を伸ばす。
「んあ…?……なんだこれ」
ロック画面に表示されていたのはスイッターの大量のいいねとリスイートを知らせる通知だった。
「え、えええええぇぇぇぇええぇぇぇぇえええ!!!」
昨日の夜に投稿したスイートがバズったみたいだ。
「これが…バズるってやつ…?」
やばい昨日今日といいことありすぎてる。
俺今日死ぬのかな…
「……一旦学校行く準備するか」
整理してもしきれない心を少しでも落ち着かせるためにとりあえず顔を洗ったり髪をセットしたりすることにした。
「時間あるし久々に朝風呂するか」
気持ちを落ち着かせるために準備を始めたのはいいもののその最中も心の熱は冷めなかった。
「やばい、もう時間だ」
だらだらと準備をしていたら結局いつもより遅い時間になってしまっていた。
「ふぅー、切り替え!」
学校の友達には配信活動してることなんて言ってないからバレるわけにはいかない。
これからの配信活動に影響が出るかもしれないというのももちろんあるが一番は恥ずかしいから。
だからボロが出ないようにしっかり切り替えないと。
♢♢♢
「おはよー」
そんな声と共に教室に入ってきた一人の女子によって教室の空気が一変する。
亜麻色寄りの薄い金髪はまっすぐに腰下まで伸びており、教室に入ろうと歩を進めたことでそれはふわりと宙に舞った。
俺はその艶やかな髪をみながらごくりと唾をのんだ。
琥珀色の瞳に綺麗な鼻筋でいつも笑顔の彼女の名前は姫野澪。
誰もが認める学校一の美少女、クラスのマドンナ的存在だ。
ギャルのような見た目に反して真面目な彼女は異性からも同性からも好かれている。
「なぁ依織、今日の姫野さんいつもよりビジュ良くないか?」
後ろの席の荻野が耳元でそう聞いてきた。
「姫野さんのビジュはいつもいいだろ」
「いやそれはそうだけどさ、ほら何かわからない?」
全くわからん。
正直めちゃくちゃかわいいんだけどそういう感覚的なものは分からないな。
「かわいいことは分かるぞ」
「はぁ、だからお前彼女いないんだぞ?」
「彼女いるのにほかの女見てビジュ良いって騒いでるやつに言われたくないな」
「ぐ……」
黙っちゃった。
「えっ!?」
俺と荻野で言い合っていたら教室の前の方で姫野さんが驚いた声を上げていた。
「どうしたの澪~」
姫野さんの中学のころからの親友だという望月さんが不思議そうな顔をしながら姫野さんに尋ねた。
「いや~知り合いがネットでバズっててびっくりしちゃった」
急に大きい声出しちゃってごめんね~、と言いながら微笑む姫野さんは天使そのものだった。
バズ、その言葉に少しだけドキッとしてしまった。
「お祝いのリプだけさせて!」
そう言って姫野さんはスマホに文字を打ち始めた。
「できたっ!送信っと」
その言葉と共に俺のスマホがブブっと震えた。
これまたおもしろいタイミングだな。
そう思い苦笑いしていると荻野に何ニヤニヤしてんだ気持ちわりぃと言われた。
ひどい。
♢♢♢
「――連絡は以上。帰るぞー、日直挨拶。」
担任のその声と共に日直の起立の合図を前に皆だらだらと立ち上がる。
「あ、そうだ忘れてた。姫野放課後会議室にある資料仕分けしといてくれ。すぐ終わるからな」
「分かりました」
「すまんないつも頼って」
「大丈夫ですよ!学級委員長なので」
そう彼女は明るく答えていた。
すごいなぁ。
「じゃあ挨拶」
日直の挨拶を皮切りに続々と人が教室から出て行った。
「じゃあな荻野、部活頑張れよ」
「おーさんきゅな!甲子園目指して練習頑張ってくるわー」
更衣室に向かう野球バックを背負った荻野の背中が小さくなるまで見送ってから帰宅することにした。
♢♢♢
「あったーー!!」
帰ろうとしたところでスマホがないことに気づいた俺は1時間学校中を探しまくって2階の会議室前でようやく見つけた。
「よかった」
そう独り言ち帰ろうとしたところで会議室の中に人影が見えた。
会議室って姫野さんが仕分け作業してるとこ?
でも先生すぐ終わるって言ってたし第一1時間かかる量の仕事を1人に押しつける訳ないよな。
そう思いつつも教室をのぞくとそこには凛とした姿勢で淡々と仕分け作業をする姫野さんがいた。
「まじかよ…」
担任に対する不満の数々が溢れ出そうだったがぐっとこらえて会議室のドアを開けた。
びっくりしたように俺のほうを見て固まってしまった。
「驚かせてごめんね」
そこで一呼吸おいてから続ける。
「えっと、仕事手伝うよ」
少し長い沈黙が流れた後、姫野さんはゆっくりと口を開いた。
「大丈夫だよ」
姫野さんは仕事の手を止めずにそう言った。
「私の仕事だから関わらないでくれる?」
あれ、思ってた反応と違うぞ。
断られるとしても申し訳ないので的な断られ方すると思ったけど…
完全に拒絶されちゃったな。
「ここに君の仕事はないから早く帰って」
えっと、これって…
「ごめん、もしかしてだけど俺のこと嫌い?」
もしそうならきっぱりと諦めて帰るんだけど…
「それならあきらめて帰るけどもしそうじゃないなら手伝わせてほしいな」
俺が最後まで言葉を紡ぐと姫野さんは仕事をする手を止めて目を見開いてこちらを見つめてきた。
夕焼けのオレンジが差し込む会議室に少し空いた窓から吹き込む風。
それになびく髪が一瞬姫野さんの表情を隠す。
再び現れたときには先ほどまでの驚いたような心外だというようなそんな表情は一切消え去っていた。
「そんなことないけど…」
「じゃあ手伝わせて」
間髪入れずにそう言うと今度こそはっきりと驚いたように目を見開いた。
「だめ?」
姫野さんはぐっと唇を噛み締めるように少しの間逡巡した後口を開いた。
「いや、そこまでいうならお願い」
「うん、ありがと!」
「別に感謝されるようなことは…」
素直じゃないところもかわいいなぁ
完璧美少女の姫野さんの人間らしい一面が見れて嬉しい。
これから仲良くなれたらいいな。
と思って話題をたくさん振ったはいいものの一つとしてそれが繋がることはなかった。
あれ?やっぱ嫌われてんのかな。
もしそうなら申し訳ないことしたな。
よくよく考えたらもし嫌いでも本人の前では言いずらいもんな。
「よーし!終わった!」
「うん。ありがとう」
「いいんだよ!俺が無理言って手伝わせてもらったんだから」
「それでも助かった。ありがとう」
やっぱりいい子だなぁ。
なのに嫌いな俺に気使わせて申し訳ないな。
自分の浅はかな行動を反省し、姫野さんとの”初めて”の二人の時間は終わったのだった。
♢♢♢
たまってた課題とか動画編集とかを終わらせて寝る前にベットの中でスマホを開くと大量の通知の中にれいくんからのお祝いリプを見つけた。
「送られてきたのは八時半か、もう学校にいる時間だったから気付かなかったな」
でもこうして格下の配信者にも平等に接してくれてありがたいな。
そう思ってるとスイッターの通知がまた一つ増えた。
「お、れいくんのスイートだ」
スイートの内容はスイッターのサブ垢を作ったことを知らせるものだった。
早速フォローしにアカウントに飛んだ。
『サブ垢始めました!日常のこととか呟いていくからみんなよかったらフォローしてねー!』
その固定スイートにいいねをつけて下にスワイプするともうすでに何件かスイートされていた。
『今日学校で異性のクラスメイトに先生から頼まれた仕事手伝うよって言われたのに緊張で冷たい返事して拒絶しちゃったー…。口下手な自分何とかしたいよ~!』
れいくん女の子みたいだな。
可愛いとこもありつつかっこいいれいくんは最強だな。
『絶対嫌われた!って思ったけどその人優しくて手伝ってくれた!僕が気を使わないように”手伝わせて”って言ってくれてふいにドキッとしちゃった笑』
↘れいくん女の子みたいだなw
↘かっこいいれい様の可愛い一面も発覚して私発狂案件
↘良い子過ぎるねその子
↘れい!その子大切にするんだぞ!
↘女の子っぽ!って思ったけどそもそもれいくんって性別公開してなくね?
↘え、てことは…
↘その可能性もゼロではない…?
↘いい子過ぎる~!
ははは、いつもと雰囲気の違うれいくんにみんな大喜びだな。
てかなんか今日の俺と似てるのおもしろいな。
みんな似たようなことしてるんだな。
世界って広いな~
そう思いながら重たくなってきた瞼に抗うことなくそのままゆっくりと眠りに落ちていったのだった。




