3話 誘導尋問
鉄の匂いが濃い。冷たい鎖が両手首に食い込み、床の環に繋がれている。壁は粗く湿っていて、ランプの炎だけが小さく揺れた。
ここは取り調べ室。王都の地下、騎士団の詰め所の奥。あの夕暮れ、テレサ・アッシュダウンと共にここまで来た。彼女は入り口で隊長格の男に事情を説明し、僕の身を案じ、最後に念押しした。
「取り調べは騎士団の仕事だとしても、乱暴な真似はしない。そう約束して。アッシュダウン家の名にかけて、私はこの青年の身柄を預ける」
「勿論です、伯爵。手続きに則った確認だけですよ」
男は涼しい顔で答えた。
え、伯爵?この人そんなに偉い人なの?
態度考えないとな。
やがて、三人の男が部屋に入ってきた。真ん中の男は四十半ば、細い目に笑いが乗らない。左右の若い二人は、動きに躊躇がない。
真ん中の男が椅子に腰をおろし、名乗った。
「クロヴィス・ヴァレン。王国第二騎士団取調担当だ。左右はミロとジャレク。……さて、クラシキ・ケーラで間違いないな?」
「はい、そうですけど…すみません、状況がよく分からないんですけど。アッシュダウンさんと安全な取り調べを約束したはずでは?」
クロヴィスがやれやれと言わんばかりに呆れた顎で鎖を示す。
「それは魔力封じの鎖だ。それが繋がれている間は魔法を使えない。無駄な抵抗はやめるように」
いやこっちの問いには無視かよ。少々嫌な予感がしてきた。
横にいたミロという男が羊皮紙を卓に置いて筆をもつ。
「では確認からいこう。プリプリ国の者だな?」
「違う」
「否認は結構。本名は偽名だろう?」
「本名だ」
「『クラシキ・ケーラ』という異様な音はこの国にない。異国系だ。異国系はスパイ。そうだな?」
「スパイではない」
誘導尋問だ。心の中で札を立てる。質問ではなく、答えを押し付ける言い方。
「魔法石に触れたな?」
「見つけて渡した」
「拾っただけという言い訳は聞き飽きた。どこで取引するはずだった? 王都南門か、東の塀か。どっちだ?」
「取引はしていない」
「つまり別の場所だな。……誰とだ?仲介は誰を使った?名を言え」
クロヴィスが鞭を外し、空を切って軽く振る。空気が裂ける音が壁に跳ね返って耳に刺さる。彼は声を一定に保ち、音だけで部屋を支配しようとする。
「お前みたいに口が固い者には手順がある。まず、簡単なところで肯定してもらう。王都に来た、『はい』か『いいえ』か」
「はい」
「石を見た」
「はい」
「石は高価だと知っていた」
「たぶん、はい」
「ではそれを利用しようと考えた。人は価値を見れば利用を考える。自然だ。違うか?」
「いいえ」
鞭が落ちる。肩、背、腿。皮膚は焼け、骨に響く。僕はほんの薄く空気を滑らせ、折れだけを外す。痣は残す。証拠として。
クロヴィスは淡々と続ける。
「魔法石は王国の心臓と言ってもいい。一国を滅ぼすほどの魔力が詰まっているからな。それを手にした者は、だれでも悪用を考える。お前も人間だ。そうだな?」
「考えていない」
『はい』以外の答えを出したためまた、鞭が飛んでくる。既に体には痛々しい腫れと切り傷が無数にできていた。
しかし、ここからの質問は『はい』でも『いいえ』でも別の意図に捉えられる可能性もあるため罰を受けてでも誤解のないように答える。
「ならなぜ持ち歩いた。王城に直行すべきだ。直行しなかった。つまり別意図があった。肯定するか?」
「直行する手段がない。だからアッシュダウンさんに届けた」
喉に鉄の味が戻る。
ミロが水桶を持ってきて、クロヴィスが髪を掴んで顔を水に押し込む。
冷たい。目の奥が痺れ、耳が鈍くなる。
しかし、呼吸を我慢するのは得意なので暴れることなく体を預ける。
顔が引き上げられ、クロヴィスが間髪入れずに畳みかける。
「プリプリ国の誰に命じられた?報酬はいくら?金か爵位か。黙秘は共犯の証拠になる」
「スパイではない」
「魔力封じの鎖がある。詠唱は不可能。言葉で救われる余地は、今しかない。『はい、やった』と言えば、取り調べはここで終わる。合理的だろう?」
拷問で思考力を奪ってから、苦痛からの解放を提示するのは確かに誘導尋問として合理的だ。
しかし、僕は我慢には自負がある。ここで認めてしまえばこの国にはいられないだろう。
それは困るため、助けがくるまで耐えなくては。
「お前は拾ったと言った。では先に盗まれたことを知っていた。知っていた者を人は共犯と呼ぶ。そうだな?」
「違う」
「じゃあ知らなかった。知らずに王家の宝を持ち歩いた。無知は罪だ。そうだな?」
「……詭弁だ」
「詭弁と呼ぶ者は、たいてい事実から目を逸らしている」
鞭が再び落ち、拳が頬を鳴らす。時間が歪む。ランプの炎が細長く伸び、壁の影が深くなる。
「石は誰から受け取った?盗賊の名を言え。言えないのはいないからだ。つまり作り話だ」
「……床板の下、魔力を弾く布に包まれていた」
「なぜあの布が魔力を弾くのを知っている。学のない下民が知っている知識ではない。やはりお前は教育を受けたスパイだ」
扉が叩かれ、短く開く。
「報告!」
「魔力痕跡の解析完了。王室魔導院からの証言、アッシュダウン家の証言、クラシキの証言と突き合わせ真犯人を特定、拘束した。魔法石を盗んだのは東区の工房に出入りしていた職工二名、経歴に不審な点あり、スパイである可能性が高いと思われる。また、クラシキの魔力痕跡と犯人の移動経路からクラシキが事件に関与した証拠は見つからず」
部屋の空気が少しだけ動いた。僕を殴っていたクロヴィスが、ぱちりと瞬きする。
「……つまり?」
「つまり、クラシキは無罪だ」
短い沈黙。クロヴィスが、わざとらしく肩をすくめ、次の瞬間には口元だけ笑った。
「ご苦労だった。ついでにそのまま回復術師を呼んでこい。すぐにだ」
「は!」
報告しにきた男が一礼し、走り去る。
クロヴィスはゆっくりこちらに顔を寄せ、声を低くした。
「いいか、クラシキ。ここでの取り調べの内容は決して口に出すなよ」
「命令か」
「命令だ。できないなら、ここで死ぬ。下民が一人消えたところで、気に留める者はいない」
胸の奥で、何かが硬く鳴った。
空気が変わる。
湿った地下室の冷たさが、音を失い、石壁の陰影が濃く沈む。ランプの炎が、細長く引き伸ばされて震える。埃がふっと浮き、すぐに落ちた。呼吸のたび、部屋全体がわずかに縮むような圧。
僕は顔を上げた。視界が澄む。痛みが、遠くなる。
「お前たちは、今までも、こうやってきたんだろうな」
声は低く、しかし平らだった。
「理屈もなく人を締め上げて、都合のいいところで口を塞ぐ。他人の痛みが想像できないのか」
クロヴィスのこめかみに若干の汗がにじむ。ミロとジャレクは剣の柄に手を掛けたままぴたりと止まる。
「話し合いをしましょう。あなたがその立場になれたのは何故ですか。なぜ、人を虐げる権利が自分にあると思いますか」
「一つ目の答えは王国が俺の剣の才能を認めたからだ。俺は幼少の頃から大人を負かすほど強かった。それから二つ目の答えだが…下民が人を名乗るな。地を這う弱者が視界に入るだけで目が腐る」
「なるほど。ではあなたにとって強さとは何のためにあるものですか」
「強さとは自分の理想を他人に認めさせるためのものだ。この王国の発展のため、王国に認められるため俺は生まれたのだ」
「では、それ以外はどうでもいいと?」
「ああ、そうだ」
「……概ね同感です。強さとは自分の理想を押し付けるためのもの。実質、強ければ何をしたっていい。弱き者は力の前では無力なのだから」
「その通りだ。お前も弱いから今こうして俺に痛めつけられるしかない。なんとも哀れだ」
「でも僕は思うんです。人の多くはそれぞれに理想があり、幸せにしたい人がいて、その人を大切に思う人がいる。それを何の理屈も無く傷つけるのはただの悲劇だ」
その瞬間、別の痛みが頭の裏で閃いた。
彼女の笑顔。温い缶コーヒー。あの夜の喉の渇き。命令の声。
『あなたの優しいところが好き』
はたして俺はあのとき、本当に彼女を殺したいと思っていたのだろうか。組織には育ててもらった恩義がある。トップの命令は絶対だ。しかし、俺は彼女殺したくないと思っていたのではないか。命令は本当に理屈足りうるのか。
……何のための力だ。
僕が偉そうにこの人たちを否定できる立場ではないのは明白だ。
さっきまでの溢れでていた感情は消え失せ、重かった空気が、平常を取り戻す。
僕は息を吐いた。
「…僕はそれが許せない。だから、この理想を押し付けるために僕はもっと強くならないといけない」
僕は後ろで地面に繋がれた鎖を感覚で調べ始める。繋がれた輪を無理矢理、引きちぎれる可能性もあるが、体力を相当持っていかれるうえに、最悪肩と腕の関節が外れ、筋肉も損傷する。今の情力では…あまり無理は利かないだろう。
なら、別のやり方だ。息を整える。鎖を空中に固定し、手首をわずかに捻る。そのまま、僕は一気に体ごと勢いをつけて前にでて、輪から手を引き抜く。親指は付け根当たりから折れ、皮膚は激しく裂けて出血した。
「正気か…お前…痛覚がないのか!」
「我慢してるに決まってるだろ。人をなめるな…」
そう言ってる間にも止血はできた。折れた骨はすぐには治せないため痛みを我慢して向き合う。
情力について、ここで整理しておく。情力は決意の力でもあり、感情の力でもある。人は何かを決意するとき、必ずそこには感情がある。怒りなら叫ぶ、壊すなどの決意、高揚感で満たされているなら喜ぶという決意、悲しみで何かを諦めるときも、諦めるという決意である。
そんな何の変哲もない当たり前の行動を、決意と言うには大袈裟に聞こえるかもしれないが、プロセスに照らせば同じことである。人は出た感情を何らかの行動を持って必ず消化しようとしているのだ。
だが、その感情を人間という小さな体で消化しきれないほど溢れたら、そのエネルギーはどう処理するのか。答えは、無理やり消費しようとするのだ。普段出せないような筋力を引き出したり、体内から放出して風にしたりなど。そうしてしてエネルギーを何かに変換して消費する。それが情力だ。
しかし、情力は強い感情を引き出したときだけにでるものではない。信念に沿って生き、迷いがない者は、当たり前の行動…小さな決意でも大きな感情を引き出せるようになる。大きな決意のように全身全霊をかけるわけではないため、できることの範囲は狭いが、反応は速い。
止血、体勢の立て直し、衝撃の受け流し、弱いバリア程度なら、今の僕でも大きく感情をくすぐられる出来事がなくても実行できる。いまの鎖からの脱出ですぐに血が止まったのも、傷口を狭め、外に逃げる液体の道を細くしたいと決意したときに出た情力を使ったからだ。
「何をしている!殺せ!」
「し、しかしアッシュダウン伯爵との約束は」
「こいつは下民だ!伯爵も体を守って言っただけだ!早く殺せ」
クロヴィスがはじけるように叫ぶ。
ミロとジャレクが同時に踏み込む。
右からの剣が斜めに落ちてくる。刃の冷たい光が近づくのを見届け、僕は半歩だけ前へ出て懐に潜る。腕の外側で相手の手首を触れて進路を横へずらし、同時に相手の足の甲の上に自分の足を軽く置く。体の重さを一瞬だけ預けると、相手の軸がほどける。空いた脇の内側に指先を当て、力を込めずに押す。息が抜け、膝が落ちる。
左の刃が横に走る。肩を回し、胸の前の空気を薄く厚くするように滑らせる。刃は胸元を外れ、背後の壁を叩いた。相手の背中に回り、首の後ろへ掌を置いて、床へ向けてゆっくり押す。目の前が暗くなる高さまで下げて手を離す。二人は穏やかに床に沈み、呼吸は浅く整っている。しばらく眠るだけだ。
クロヴィスは一歩退き、椅子に踝を引っかけてよろめく。
「話をしましょう」
僕はクロヴィスにゆっくりと近づいていく…
「それ以上近づくなら俺が直々に殺さなくてはならない。…そんなに死にたいなら死ねえええええ!」
クロヴィスが突っ込んでくる。刃が届く距離にまで引きつけ、僕は半歩だけ横に滑る。自分の手のひらで相手の刃の側面を受け、力を殺しながら柄ごと絡め取る。ついでに肩で軽く押す。勢いが横へ逃げ、クロヴィスの体は壁に当たって崩れた。
「詠唱を始めたら、その瞬間に首を切り落とします」
「お、お前…騎士団にこんなことしてただで済むとは思うなよ」
「あなたも言ったじゃないですか、強いものは何をしたっていいって。だからあなたは今ここで死ぬ。騎士団など僕にとってはどうでもいいことです。これがあなたの生きた世界です」
まあ本当は殺すつもりはないんだけどね。
ここで目の前の男を斬るのは容易い。けれど相手が心から反省し、改めると示すなら、僕は全てを越えて許す。それが『許容』。僕の『信念』だ。
「す、すまなかった。僕が悪かった!」
クロヴィスの声が震えた。さっきまでの余裕は欠片もない。
「地面に這いつくばる弱者を見ると目が腐るんでしたっけ。地面に尻を付け、許しを乞うている弱者のあなたは、今の自分を見てどう思いますか」
「あ、ああ」
言葉が出ないらしい。汗が顎から落ち、床に丸い跡を作った。
そこで、扉が再び開いた。
アッシュダウンが駆け込んできたのだ。彼女は入ってくるなりひと目で室内を見渡し、僕の身体の状態、床に倒れた二人、壁際で固まる男、鞭、水桶、すべてを一息で把握した。
「何があったのですか!」
驚きに満ちた言葉で言う。クロヴィスは言葉を探して、見つけられない。
アッシュダウン伯爵はすぐに僕のそばへ来て、片膝をついた。
「動かないで。すぐに癒やすわ」
短い詠唱。耳に馴染みのない韻律。彼女の掌が、僕の肩に触れる。温かいものが皮膚の下に染み込み、痛みがやわらぐ。
骨の軋みが、ほどける。痣の熱が、内側から冷えていく。
あれだけ酷かった傷がこんなにも回復するものなのか。
これが魔法の力…情力でもここまでの回復を一瞬ですることはほぼ不可能と言ってもいいだろう。
「息は苦しくない?」
「大丈夫です」
僕は礼を言いかけて、彼女の眉間の皺を見つめた。
「は、伯爵!どうしてここにいらしたので?」
クロヴィスは僕が回復をしている間に気持ちを落ち着かせることができたようで、声に震えはなかった。
「ちょうど、医療棟に寄っていたのですが、取り調べ室に回復術師の要請があったと耳にしたので、私が来ました。一応回復魔法が使えるので」
アッシュダウン伯爵は一度だけ室内を見渡し、短く命じた。
「クロヴィス殿、何があったのかを正直に話しなさい」
「は!我々は丁重に取り調べを行っていたのですが、そいつ…クラシキが突然暴れだし、私たちに襲い掛かってきたのです!そしてやむなく剣を抜き私たちが応戦しました」
「そうなの?クラシキ君?」
「いいえ。僕は拷問と誘導尋問を受けたので抵抗しただけです」
「そうね、私はクラシキ君を信じるわ」
「ちょっと待ってください!下民などの話を信じるのですか!!」
「そうね…私もあなたを信じたかったのですが、この状況とあなたの証言には矛盾が多すぎるわ。そこの鎖に付いた血とクラシキ君の手の怪我とか」
クロヴィスは声を失ったまま、壁に寄りかかった。
「この件に関しては後日正式にしらべさせていただきます。騎士団には信頼をしていたのですが、約束の一つすら守れないとは…」
アッシュダウンは僕に向き直る。
「遅れてごめんなさい…とりあえずちゃんとした回復を受けもらうわ。歩ける?」
「はい、大丈夫です」
アッシュダウンは部屋を出るとき、座ったまま地面の一点を見つめるクロヴィスを見て、悲しげな視線を落としてから歩みを進めた。
僕は回復術師と呼ばれる人の回復魔法を受けて、今は医務室のベットの上にいる。
それにしても回復魔法というのはすごい。受けた傷も、骨折も既にほとんど回復してしまった。
普通なら、さすがの僕でも完治に五日はかかったはずだ。
「ごめんなさい…あれだけ大丈夫だと誓ったのに、こんなことになってしまって…家の名前をかけた以上、貴族を降りる覚悟ももうできているわ」
「いえいえ、アッシュダウンさんが悪いわけじゃないので…何もしなくてもいいですよ」
「そ、そういうわけにもいかないわ。なにかさせてちょうだい…」
「いやほんとうに大丈夫なので…」
「そう…あなたの慈悲に感謝するわ。この借りはまた別の形でお返しするわね。それと、こんなことの後に言うのは心苦しいけれど、騎士団全員が悪い人ではないの。組織そのものに失望しないでくれると嬉しいわ」
「はい、分かってますよ」
「んん!なんていい子なのかしら!ありがとう」
彼女は僕の頭に手を置いて撫でてくる。
「それから、魔法石の件、本当は陛下直々に感謝をするべきところなのだけど、立場上、いまは会えないの。けれど、感謝は確かに伝えられたわ」
「そういえば、一国を滅ぼせるほどの魔力が入っているとかって…あれ本当なんですか?」
「ええ、本当よ…その魔法石のおかげで他国は無闇にこの『フィデリア王国』を攻撃できないの。でもそれが他国に渡れば…何に使われるか分かったものじゃない。あなたは間違いなくこの国の英雄よ」
「だから、お礼として陛下より一つ、申し出がある」
アッシュダウンは少しだけ息を整え、言葉を選ぶように続けた。
「私が教鞭を取っている学園がある。あなたは魔法が使えないと言ったけれど、きっとそこならあなたの適正の魔法が見つかるわ。あなたさえ良かったらなんだけど学園に来ない?あなたが望むなら、私が責任を持って受け入れるわ」
学園…
森で学んだこと。スラムで拾ったこと。詠唱に応えない体。
この世界の言葉を、ひとつずつ自分のものにできるのなら。
それは僕にとっては願ってもないことだ。
答えは決まっている。
「……行きたいです」
アッシュダウン伯爵の肩の力が、目に見えて抜けた。
「よかった」
彼女は立ち上がり、部屋の外に短い指示を飛ばす。
そこからはしばしの休息が与えられた。柔らかい寝台、温い水、薄いパン。
窓の外で、夕方の鐘が鳴った。
アッシュダウン伯爵が戻り、椅子に腰かける。
「学園の手配を進めるわ。一か月とちょっとした頃に、ちょうど新入生が入るタイミングだから一緒に入学式に参加しましょう。あと、陛下直々の命令となるから特別な試験などは必要ないわ。でも、読み書きくらいはできた方がいいのだけど…習ったことはあるかしら?」
「ないです」
「そうよね…まあそっちは教師をよんであげるから頑張ってね」
そして一か月後の夜…
明日の朝、アッシュダウン伯爵の馬車で学園へ向かう。
窓の外で怪しく光る月を見る。僕は掌を開き、閉じる。
全くの未知の世界だ。何が待ち受けているだろうか。




