10話 剣術訓練
その日、僕はエレオノーラ・ヴァッセルと友達になった。まぁ強制的に手に入れたわけで、それを友達というのかは議論の余地はある。
だけど、彼女は賭けをして、僕はそれに勝った。これくらいのことはしてもいい権利があるはずだ。もし問題があればやめればいいしね。
それにしてもちょっと遊びすぎたのは反省している。彼女が僕と同じ存在だということを知ってほしいと思ったんだけど、ホラー演出が楽しくなってしまって…。どうしても人間を驚かせたい幽霊の気持ちが少し分かった気がする。
まぁ特にメタ的な指摘は受けてないし、イカれたやつだと思われてないと思いたい。
気がつけば昼休みも終わる頃になっていた。
「それじゃまた剣術訓練で。遅れないように気をつけてね」
「あ、あのハンカチ…洗って返せばいい…ですか」
「普段通り話してよ。それ、もうすぐ捨てようと思ってたやつだから捨てといてくれるかな?」
これは別に僕が潔癖症なわけではなく、ただ前世では女性の体液のついたものを欲する男性を嫌悪する女性がいたから、そういうのに対する配慮だ。要はリスク回避である。
あと、彼女に対する敬語は外した。もはや今のポジションは僕の方が上だ。わざわざ気を遣う必要はないだろうと思って。
「分かった」
「ありがとうー」
そうして僕は準備をすべく先に部屋を出た。
剣術クラスの授業が始まった。
木陰に控える教官が、無駄のない声で号令を出す。
「まずは基礎だ。素振り三百、足捌き、体幹、壁当て、休憩十分ののち、二人一組で打ち合い」
そして打ち合いの時間へ。
「二人一組」という言葉が落ちた瞬間、空気が目に見えたように割れて、人影が他人の影を避ける。
ヴァッセルも、一人だった。
彼女の周りだけ、綺麗に空いている。口では「平民になんか負けるからだ」「もう名門の看板も地に落ちたな」と毒を吐くくせに、足は誰も彼女へ向かわない。彼らも心では彼女に勝てないことを知っているんだ。
彼女は暗い顔をしていた。ただひたすらと端の方で素振りを繰り返している。
僕は剣を持ち直し、彼女の前に歩み出る。周囲の視線がぐるりと向く。
「ペア、組もうよ」
彼女の瞳が揺れ、わずかに見開かれる。短い沈黙ののち、彼女はうなずいた。
周囲からはひそひそ声が聞こえてきた。
「エレオノーラ・ヴァッセル、平民に味占められてるじゃん」
「なんて醜いのかしら」
視線が集まっていることを気にしたってしょうがない。
僕はそのまま話を続ける。
「今日は魔法はなしで練習しよう。動作の確認をしたいんだ」
「……分かった」
まあ今魔法ありでやったら普通に負けるしね。弱いやつとやっても得られるものはないだろうし彼女にとってもその方がいいと思った。
そして打ち合いを始める。
互いの剣が攻めと受けを繰り返してリズムを作る。
「何それ」
「地味〜」
「子どものお遊びかしら」
そう、魔法ありと比べて全体的にスピードは遅いし、なんたってものすごく地味だ。でも力任せに振っているよりは互いに力が拮抗した状態でどのように崩すかを頭で考えることの方が練習になるだろう。
彼女の視線が一瞬だけ揺れた。肩の筋肉の張りが、いつもより硬い。周囲の声が刺さっているようだ。
僕はそれを見て徐々に前に出て、間合いを詰める。そして近距離になったところで、彼女の振り始めの瞬間、さらに前へ出て柄頭を押さえ込んだ。同時に自分の剣の切っ先はふわりと上がり、彼女の喉の前で寸止めをする。
「相手が何をしてくるか予測できていない状態で剣の間合いを変えてはだめだ。相手が詰めてきたなら後ろに下がるか押し返さないと」
すぐに剣を構え直すが顔が下を向いている。
だめだ。その感情は体を固めて動かなくさせてしまう決意だ。
「見返してやるんだ。周囲を。世界を。ヴァッセルさんの今までの努力は一つも無駄じゃない。ヴァッセルさんは誰よりも強い。ヴァッセルさん自身と家を貶してきたやつに、いつか一泡吹かせるために圧倒的な差をつけるんだ」
彼女は剣を強く握る。そうだ。怒れ。怒りも復讐心も体を動かす原動力になる。とにかく動くんだ。
今度は彼女が胸の中心に向かって突きを放つ。僕は足を斜め前に出すと同時に剣を彼女の胸の中心に突きを放ち、寸止めをするが、彼女の剣は僕の胸を横からぎりぎりで当たらない位置に避けていた。
すぐに構え直し、打ち合いを始める。
「ヴァッセルさんは相手の剣の位置と、打ちたい場所を交互にすばやく見ているよね。でも見るべき場所はもっと多くある。例えば肩関節や筋肉の収縮。これを見れば相手の初動から打ち方がある程度分かる。僕は相手の剣を集中して見ることはあまりないかな」
そうして打ち合いをしているうちに彼女の緊張していた筋肉がほぐれて動きにキレが出始めた。周囲の声が聞こえていないように打ち合いに集中している。
「あなたのその技術、誰に教えてもらったの?」
「えーっと…とても怖い人たちかな。一万回以上は臨死体験した気がするよ」
「それはなかなか狂ってるね」
そんな話もしつつ、打ち合いは続ける。
彼女はアドバイスをするほど動きが良くなっていった。適応能力がものすごく高いんだ。戦闘の才能としか言いようがない。
「足の付け根少し下くらいは視界の端に映すんだ。相手の体重移動が見られるようになる」
「相手の視線を見ることは勝機を見出すヒントだ。相手の癖や意図が分かるようになる」
「打つ前に肩が上がる癖がある。振り抜くとき以外は初動を悟らせないように意識するんだ」
何かの演舞かと思うほどに次第に動きが洗練されていく。剣と剣がぶつかる音の間隔が短くなる。
「……あなた、すごいわ」
彼女が息の合間にこぼした。
その声には、純粋な感嘆が読み取れた。
さっきまでの嘲笑は、ほとんど消えていた。周囲の足音が止まり、音が吸い込まれていく。皆、見ている。地味だと笑っていた視線が、今は食い入るように。
そしてもうすぐ訓練が終わろうかというとき、彼女が予想外の一撃を見せた。
激しい剣戟の最中、刃を斜め上に高く振り上げ、袈裟に振り下ろす一瞬の形に違和感を覚えた。
腕の外側の筋肉だけが収縮している。本当に打ち込むなら、手元の握りがもう少し深くなり、腕の内側にも同じタイミングで力が乗るはず…、そして肩関節が外へ開かれている。これでは、剣に体重が乗らない。別の動きに移行するための動き。
フェイントだ。上から振り下ろすように見せかけて、剣を引き、そのまま突きにくる。
でもこれ、前に一度見たことある光景だ。初めて彼女とペアを組んだ時の…
違いがあるとすれば彼女は僕の目の動きを異常なほど深く覗き込むように見ていたこと。
迷っている暇はない。僕は上からの影を無視して、こちらが先に突きに出ようとする。狙いは右肩。彼女の剣が振り下ろされたと同時、僕は半歩前に足を出し、体重を乗せて最短経路で突きを……
と思っていたのだが、彼女の剣がフェイントに変わることなくそのまま落ちてきている。
僕の癖を読んで、誘導されていたのか。これぞまさにフェイント。
動作は僕が後手だ。僕の突きが届く前に必ず彼女の刃が僕に到達する。もはや読み負けてしまった時点で一般の人間なら致命傷は避けられたとしても大きなダメージは受けてしまうのは間違いないだろう。僕ならここで頑張れば受けは間に合うだろうが、それは情力が絡んでくるので、不公平になってしまう。甘んじて受け入れよう。ただ、剣が止まるかちょっと怖いから力は入れておく。
彼女の剣は僕の首と肩の間くらいで寸止めされた。
そこでちょうど授業の終わりの合図が鳴る。
僕は剣を納め、彼女に軽く会釈する。彼女も一礼を返した。
「驚いた。まさかフェイントの動きを僕の視線が捉えたのを確認してから、そのまま振り抜いてくるなんて。まさにフェイントのフェイントだね」
「あなたならガードが間に合ったんじゃない?」
「ううん、間に合わなかったよ。読み負けた時点で僕の負けさ」
「そう…。最初、魔法なしと言われたときは辱められるんじゃないかと思っていたけど…あなたとの打ち合いと話はとても勉強になったわ」
彼女はそうは言いつつも声に感情が乗っていない。ずっと平坦で冷たい。
「そんなことするわけないじゃん。力になれたなら良かったよ。互いに切磋琢磨できる友達が欲しかったんだ」
「そ、あなたに追い付けるように頑張るわ」
まあプライドが高い彼女だし、格下と思っていたやつに教えられることをマイナスに捉えてしまう気持ちは分かる。それでも彼女は受け入れて話をちゃんと聞いてくれているようだから、大人への第一歩だろう。
「無理はしないようにね。じゃ、また明日」
僕はそう言って彼女に背を向けて更衣室へと歩きだした。
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