第3話「列車内のテロ事件」
「やめろ!!」
俺に向かって振られた刀を目の前で受け止めたのは、銃の柄の部分だった。
その先端を握っている男の人は、俺より10歳くらい歳上に見える。
「あなたは……!?」
「話は後だ。とりあえずこの場は凌ぐから、その娘を安全な場所まで運ぶんだ」
「でもあなたは……」
「何やってるんだ。早く行け!!」
俺は綾瀬を担ぎ上げ、混雑がマシになってきた後方車両まで連れて行くことにした。
号車間の扉を開けてると、まるでシェルターにいるかのように人々が縮こまって座っていた。
3箇所こじ開けられた扉は、線路に飛び降りれるようにするためだろう。
「ここら辺でいいか?」
「あ……うん。ありがと」
綾瀬をそっと座らせたまさにその時、隣の車両から激しい爆発音が聞こえた。
「……!?」
さっきの人は大丈夫だろうか……。
気づけば、俺は車両前方へと走り出していた。
さっき殺されそうになったんだから、俺じゃ太刀打ちできないってことくらいわかってる。
それでも、さっきの人を見殺しにするのか……?
そしたら俺は、一生後悔に苛まれ続けるだろう。
「戻っちゃダメだよ……絶対!!」
綾瀬はそう言っていたが、これ紛れもなく自分のためにやっていることだ。
そうやって自分の行動を正当化しているうちに、俺は元いた号車に戻ってきた。
「おいおい、もう終わりか?軍人さんよ」
「クソ。ソ連製の火薬弾か」
車両全体は黒焦げになり、さっき助けてくれた男の人は火傷を負っていた。
「大丈夫ですか?今すぐ手当しないと……」
「お前……なんで戻ってきた」
殺人鬼に目立った外傷はない。ということは、さっきの爆発はこいつが仕掛けたのか。
どちらにせよ、戻ってきたのだから戦いに貢献しなければ意味がない。
「なんだ?カッコつけかクソ人間どもが」
「お前、不死身ってことか?」
俺は率直にそう問いかけた。
「あぁ、お前らみたいな愚かな人間と違ってな。俺は兵器みたいなもんだ」
「人じゃないってことか?」
「人?俺は……。わからない。思い出せねーよ」
「思い出せない……だと?」
こいつは人なのだろうか?それとも人外なのか、あるいはロボットかもしれない。
様々な可能性が頭をよぎるが、どちらにせよ今の状況は絶望的だ。
しかし、俺は1つだけ作戦を思いついた。
「今、秋葉原付近を通過中ですよね?」
「それがどうした、少年」
「作戦があります。一か八かですが」
この男の人は、火傷の度合い的にもう戦えなそうだ。俺がやるしかない。
「殺せるもんなら……」
「あぁ?おい人間、もっとはっきり喋れよw」
俺は深く息を呑んだ。
「殺せるもんなら殺してみろクソ野郎ー!!」
そう言い放ち、窓に向かって走り出すと、予想通り殺人鬼は追いかけてきた。
「まさかそのまま逃げれるとか思ってんじゃねーだろうなー?」
勿論、そんなこと1ミリも考えてない。最初からそのつもりだ。
俺は窓ガラスを突き破った。
一見自殺行為に見えるだろう。しかし……。
「川……だと?」
殺人鬼は困惑している。
それもそのはずだ。俺は、列車が神田川を渡るちょうどその時を見計らっていた。
ここなら、おそらく死なない上に殺人鬼を列車から強制ログアウトさせられる。
しかしここで、想定外のことが起きた。
「クソが……。これで死んじまえ!!」
水の中に入る直前、大きな爆発が起きた。
水に濡れると火薬弾は使えないが、ギリギリのタイミングで使ってきたのだろう。
「俺……今度こそ死ぬのか?」
水に入ってなかった部分が火傷で痛む。それに、もう水面まで泳ぐ気力なんてない。
神田川の奥底に、俺は沈んでいった。
◇◆◇◆
火に包まれる家。そしてそこには、自分から遠ざかっていく父親がいた。
「待って!今度こそ話がしたいんだ」
その言葉は、無情にも炎の音でかき消された。
火花がパチパチと音を立て、視界はどんどん暗くなっていく。
その漆黒の空間の中に、俺は1人取り残されてしまったみたいだった……。
◇◆◇◆
「お願い、目を覚まして……」
「誰……だ?」
「え、記憶喪失?あなたは私のペットだから、今日から一生お世話してあげるからね?」
綾瀬は、逆に怖いくらいの笑顔でそう言った。
「記憶喪失してないんだが?ペットってなんだ?」
「なーんだ。じゃあ、今のは気にしないでね?」
いやいや気にするに決まってるだろう。仮にも同棲してるやつがそんなこと考えてたら怖すぎる。
いつからこんなにヤンデレ化したのだろうか。
まぁ、それでも心配してくれたことに変わりはないだろう。綾瀬は昔っから面倒見が良かったから。
「まっ、とりあえず生き延びれたみたいだな」
「本当だよ。コウくんが起きるまで、3日くらいずっと看病してたんだからね?」
俺は3日も悪夢を見続けていたのか。
……。
「って、ちょっと待て。学校始まってるんだが?」
「あ……」
綾瀬は口を開けたまま固まっていた。
親がいない俺にとって、高校なんて夢幻みたいなものだから、結構ショックだ。
「入学式……参加してみたかったー!!!!!」
たぶん、この病院で1番大きな声で俺は叫んだ。