第二部 第一章 4 ―― 町を出る ――
第九十七話目。
憎くて仕方がない。
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なんでそんな簡単に信用するんだ?
俺はそこまでお人好しなんかじゃない。
鬼から一方的に背負わされた期待に対しての不満に、頭痛が治まらない。
牢屋を出て、町を彷徨っていても、ずっと頭を抱えずにはいられない。
町の外れの納屋に辿り着くと、頭を抱えていた手をようやく下し、釣られて大きな溜め息も突いて出た。
納屋なのかで倒れるユラを目の当たりにして。
「本当にお前はバカだよ」
藁が敷き詰められた納屋。どうも獣臭が漂っていて、鼻がむず痒い。
それでも倒れるユラにぞんざいに吐き捨てた。
ユラは藁に凭れ、俺の声にようやく目を覚ましたのか、ゆっくりと顔を上げ、虚ろな眼差しを向けてくる。
手足は縄で縛られ、顔も赤く腫れており、口元からは血が流れている。
きっとここに連れて来られてからも殴られ続けたのだろう。
「……ランスか」
瞬きすら辛そうな顔でこちらに気づくユラ。やはりまだ喋るのは辛そうだ。
「本当にお前はバカだ。なぜ町のしきたりに従わないんだ」
藁に座り息を整えるユラに、容赦なく叱咤した。
ユラは俯き何も答えようとしない。
「気持ちは変わらないのか? あの鬼の願いを聞くのか?」
ユラは黙ったまま頷く。
これだけ殴られ、怪我を負っていても折れない意志にいら立ち、拳を強く握りしめた。
「バカか、本当に。いいか。あの鬼は逆らわなければいずれ殺される。それなのに、なんであいつとの約束なんか」
「それでも僕は約束を守る」
考えを改めてほしくて念を押すが、ユラは譲らない。腫れた顔でも強い眼差しが俺の心を揺さぶる。
「……そうか」
もう無理みたいだな。
憎らしく思えるユラをじっと見据え、手を腰に下ろすと、そのまま抜刀する。剣先は迷わずユラの顔に突きつける。
すぐにでも斬りつけるだけの覚悟はある。
それなのにユラは動じることもなく、じっと俺を睨んできた。
「だったら、俺がお前を殺すっ」
「……ランス」
なんで、こいつはここまで。そんなの。
「裏切り者っ」
俺に殺されることも辞さないと、目を逸らさないユラ。
「なんでお前はそうなんだっ。なんで鬼の言うことをっ。鬼は忌むべき存在なんだぞっ」
「本当にそうなのかな?」
「――?」
「町を守るより、鬼の方が大事なのかよ。そんなの、そんなの俺は絶対に許さないからなっ」
「……ごめん。でも……」
「あいつは鬼なんだぞ。ユラッ」
頼む。頼むから考えを改めてくれ。
「それでもいいんだ」
内心、頷いてくれ、と懇願するけれど、ユラはかぶりを振り、願いは完全に否定されてしまう。
わかってはいた。こいつはどこか気の抜けた情けないところもある。それなのに、一度自分が決めたことを揺らがず突き進む気概がある。
だから、説得に応じてくれることは少ないと覚悟はしていた。
今も梃でも動かない自信が目の奥の光から放たれている。
……くそっ。もうダメなのか……。
こいつの目を見ていると、悔しさが込み上げてくる。
剣技、力において俺はこいつより勝っているんだと自負があった。
けれど、気持ちの面では確実にユラに劣っている。
それを認めたくなくて、自分の器の小ささが悔しくて苛立つ。
気づいたとき、剣先が地面に下がる。
「……わかった」
ユラに賛同したわけじゃない。それでもユラの表情が緩むのを見逃さなかった。
「だったら、俺もこの町を出る」
「――えっ?」
想像を超えた反応だったのか、ユラは呆気に取られ、無様に口を半開きになる。
「――だったら」
何を思ったのか、ユラの頬が緩む。淡い期待を隠さない姿にかぶりを振る。
「俺は1人で行く」
「ランス?」
「俺はお前と一緒には行かない。俺はお前の考えに乗るつもりはない。俺は鬼を倒すために町を出る」
胸の奥にくすぶっていた思いを一気に吐き出した。
自身の迷いも捨てるのに力強く。
気持ちを奮い立たせると、再び剣を振り上げる。
「そして、俺はきっとお前の前に立つ。お前がそのときまだ鬼のために動くって言うのなら、そのときは敵としてっ。いいなっ」
気持ちは晴れてなんかくれない。




