第二部 第一章 1 ―― 後はよろしく ――
第九十四話目。
あいつとの距離。
第二部
第1章
1
いつ自分とあいつ、ユラとの間にこれだけの溝が生まれてしまったのだろう。
ベッドに座り込み、騒ぐ女と、奇妙な鬼と今後のことを相談しているユラを眺めていると、本当に自分が惨めで、器の小さい男なんだと痛感させられる。
いつからだろう? あいつの横に並んでいるのではなく、後ろ姿を眺めるようになってしまったのは。
ううん、違う。あのときユラを見限り、裏切ってしまったのは自分。
それからあいつとの間に距離は生まれ、自分は小さくなってしまったんだ。
あのとき、町に投獄されていた鬼と、俺らに隠れて会って話しているのを危険だと決めつけ、町の連中に告げ口をしたときから。
「――そうだ、それであんたの娘の名前は――」
「そこまでだ、ユラッ」
町の牢獄。
投獄された鬼と会っていたユラに、押し入ったのは大人の男が5人。俺はその5人の最後尾で押し込む姿を見守っていた。
やはりユラを取り押さえるのに、手を出すのは気が引けてしまうから。
「何を考えているっ。なぜ鬼なんかをっ」
「お前は町より鬼を選ぶのかっ」
見る間もなくユラは男たちに押し倒され、地面に羽交い絞めにされていた。
「教えてくれ、ラピス。娘の名前を――」
「いい加減にしろっ。これ以上町を危険に晒すわけにはいかない。こいつとはもう話すなっ」
羽交い絞めにされながらも、鬼に問いかけるユラ。
だが、話すことも許さない、と男の1人がユラを殴り、黙らせる。
「おいっ、こいつを別の場所に」
1人の指示により、3人の男がユラを無理矢理立ち上がらすと、腕を掴んで押さえ込む。
「僕は必ず約束するっ。絶対に――」
「だから黙れっ」
左頬を腫らしながらも叫ぶユラ。またも殴られ、声を詰まらせる。
「……大丈夫。僕は……」
それでも顔を上げ、鬼に呼びかけるユラ。目を虚ろにしながらも、意識は周りの男ではなく、ずっと鬼に向けていた。
こいつ、こんなに意志が強かったか?
俺より弱くなかったか?
抗い続けるユラを眺めていると、そんな疑問が生まれ、体を支配していく。
ユラを助けることも、押さえ込むこともできず、じっと眺めるしかなかった。
しばらくしてユラは男らに連れられ、牢屋を後にしようと歩を進める。羽交い絞めされたユラと擦れ違い際、目が合った。
大人にユラの行動を告げたのは俺。
きっと蔑んだ目で睨んでいるのだと覚悟を決めていた。
しかし、
俺は怯え、目を逸らそうとしたとき、意に反して固まってしまった。
ユラは俺に対して、普段と変わらない穏やかな眼差しを向けていた。
こいつを売ったのは俺。
それなのに、ユラは顔を腫らしながらも、まっすぐな眼差しを崩さなかった。
敵意のない澄んだ眼差しを。
なんで俺を責めない。
なんで罵倒しない。
渦巻く疑念を言葉にできず、空しく息が漏れていくだけ。
何もできないでいたなか、ユラの腫れた口元が動いた気がした。
―― 後はよろしく。
そんなことを口走った気がした。
なんで…… なんでそんなことを俺に託すんだ。
不満を口にできないまま、連れ去られていくユラを見送ることしかできなかった。
ユラの後に付いて行くのは気が引けた。いや、俺にそんな資格なんてなかった。
「あなたは帰らないのかしら?」
なんで、そんな目を……。




