第二部 序 3 ―― 牢獄 (3) ――
第九十三話目。
誰のことだ?
3
ただの戯言だ、と聞き流そうとしていたけれど、どうもウリュウの様子がおかしい。
話が噛み合わなくなり、割り込んでしまう。
「鬼じゃない。人間だ。あのユラとかいう坊主が町に来なければ、ワシの計画が破綻することはなかったんだ。あの坊主のせいでっ」
「何者だ、そいつは?」
「奴はあろうことか、鬼を殺すことはせず、話がしたい、なんて寝言を言いやがってっ」
なんだ? 人が来た?
「なんだって? 人と鬼が共闘でもしたというのか?」
「ああ、そうだ。そいつらはワシを侮辱した。ワシを陥れたのだ。だからこんなところに閉じ込めやがって。あいつらが住民らの前で、ワシの計画を晒さなければ」
「住民から疎外されることはなかった、と?」
冷淡に吐き捨て睨むと、ウリュウは体裁悪く唇を噛み、視線を逸らす。
「それは自業自得だろう。混血の子供を人柱になんて、そんな邪推。まかり通るはずがない」
ウリュウを庇う節はまったくなく、ぞんざいに責め立てるが、それでも態度は変わらず睨み返してくる。
「そりゃ、お前たちにとってみれば、鬼を庇う奴は気に入らないだろうな」
「何が言いたい?」
どこか我々を責める態度に、眉をひそめてしまう。するとウリュウは口角を狡猾に吊り上げる。
「その服装、思い出したぞ。前に鬼の情報を得て、町に数人が来ていたな。ワシの話が通じない相手だったので、知らぬふりで帰したわ。話が通じる者であれば、あの女に仕向けたものの。残念だ。それなりの実力者と見ていたのでな」
不敵な笑みを浮かべるウリュウ。醜悪な笑みに怒りが通り越し、背筋が凍りついてしまう。
「甘く見るな。我々の仲間にお前みたいな私利私欲に動く者はいない。見くびるなっ」
「鬼を討伐し、絶滅させるつもりか?」
「――?」
どうも蔑んだ視線に、剣に手が触れてしまう。
「確か、名前は〝コスモス〟と言ったか?」
窪んだ眼光からは、年配の曇りは消え、我々を蔑んで見据えている。
我々の理念に敵意を向けているのではなく、恐らく己の野望を邪魔される嫌悪感からであろう。
己の欲に動く者に遠慮する理もない。正面から向かい合った。
「お前の邪推に付き合うつもりはない。もうお前と話すこともないな。行くぞ」
ウリュウを邪険にあしらうと、そばにいた2人の部下を促した。
長が収監と聞き、不可解ではあったけれど、話をして納得できた。このような奴、町が見限っても当然だ。
ただ……。
鬼と人が共闘する? そんなことはあるのか?
「おい待てっ。お前ら、鬼を滅するつもりなんだろ。だったら奴ら、あの2人も殺せっ。あんな奴ら生かしておく必要なんかないっ」
ウリュウの叫喚が離れた背中にぶつかり、足を止めた。
「お前の願いは助けでもなんでもない。我々はそれに答える必要もない。それはただの自業自得だ。そこで自分の立場をじっくり考えるんだな」
それはただの負け惜しみにしか聞こえず、突き放した。
「ふざけるなっ。お前らは鬼を殺すのが目的なんだろっ。なぜそれをしないっ。そのためにここに来たんだろ。言うことを聞けっ」
聞く必要はないな。
ウリュウの叫びは耳障りでしかなく、自然と足早になった。
「隊長、この町をどうしますか?」
牢獄の小屋から出て、太陽の眩しさに眉をひそめていると、部下が町の動向に不安を漏らす。
頷きつつも、顎を擦り、穏やかに流れる町の光景を眺めてしまう。
何度見ても疑問が治まらない。
足が止まる。
並行していた部下らも足を止めた。
「なあ、あの長の言っていた、鬼の存在は近くにないんだな?」
「はい。報告によれば、近くに寂れた社があり、数本の武器が地面に刺さった奇妙な場所はあったらしいのですが、鬼の報告は受けていません」
なら、近くに鬼の危険はない。ということなのか。だが。
やはり、気にはなるな。その人間というのは。
確か、〝ユラ〟か。
「よし。我々も町を出るぞ。ただ、ルビー殿の部隊にも伝令を出しておいてくれ。奇妙な鬼と人間がいた、ということを。確か〝ユラ〟という人物だ」
鬼に関わる人物。無下にしておくわけにもいかないな。
指示を受けた部下はすぐさま踵を返し、ほかの隊員がいるところへ駆けて行った。
「では、我々も次のところへ?」
「そうだな」
もう1人の部下が頷くが、すぐさま足は動いてくれない。
鬼と人との混血を孕ます……。
まったく。卑劣な行為だ。
……ユラ、か。




