第7章 10 ―― 殺風景な天井 ――
第八十六話目。
戦いは……。
10
視界がくすんでいるときであった。
―― 面白い。
どこかで誰かの弾んだ声が聞こえた気がした。
「なぜ、堕ちないっ」
暗くなるなか、ネグロの仰々しい声が胸のなかで騒いで暴れている。
今にも倒れてしまいそうな体を必死で耐えた。ここで倒れてしまえば、ネグロの声に負けてしまいそうで、抗いたかった。
―― そうでないと。
すると、女の声が胸に竦むネグロの声を掻き消していく。
どこかで聞いた声。あれは確か…… いつかの夢だったっけ。そう、赤い髪をした……。
靄に隠れていた赤い髪の女が見えたと思えたとき、意識が鮮明になる。
「――っ」
飛び込んできたのは殺風景な天井。
つい少し前に見たことのある天井に疑念が強まる。
「ここは?」
「お前はどれだけ無謀なバカになってしまったんだよ」
僕を蔑んだ声なのだけど、なぜだか気持ちが晴れてくれた。聞き覚えのあるランスの声に。
虚ろな視線を横に移すと、釈然とせず腕を組み、睨みつけるランスと目が合った。
……そうか、終わったんだ。
奇妙な安心感に包まれると、ランスは腕を組んで壁に凭れて呆れていた。
「本当に驚いたぞ。あんなアバズレの鬼にケンカを売るなんて。まあ、覚えてもいないんだろうけれどな」
うなだれながら言うランス。彼の言うケンカの意味を僕は理解していた。
僕がベッドに寝るまでのことを覚えていた。
ネグロの執念に触れて体の自由が何かに奪われ、ヒスイと戦っていた間のことを。
奇妙な感覚、としか言い表せなかった。体の動きを誰かに操られながらも、その動きをじっと見つめるしかなかった。
不甲斐ない自分が情けなくて仕方がない。
だが、それをランスに伝えることはできなかった。伝えてしまえば、また混乱を起こしそうだったから。
「ま、覚えていない方がよかっただろうけどな」
……あれはヒスイの言っていた〝贋鬼〟なのか?
「あ、ようやくお目覚めのようね」
頭痛に襲われそうになっていると、アカネの安堵した声が響き、部屋にアカネとヒスイが入ってきた。
アカネは僕の顔を見て胸を撫で下ろす。
遅れて入ってきたヒスイは、面倒そうに欠伸をすると、壁に凭れて口元を手で押さえた。
首筋から包帯が覗いている。確か僕の剣が……。
「ヒスイ…… 大丈夫なのか、その……」
声をかけると、待ってました、とばかりに胸に手を当て、唇を尖らすヒスイ。
「ほんと、どうしてくれるのかしら。女の子の大事な体に傷をつけられ、私の未来を潰されたのも同然よね。どうしてくれるの」
と体をくねらせ、もだいてみせた。
「よく言うよ。平然と胸に刺さった剣を抜いて、欠伸をしていたくせに」
と胸を擦って痛がる仕草をするヒスイに。ランスは皮肉って鼻で笑う。
ヒスイはつまらなそうに顔を背けた。
そうだ。あれだけの傷。普通じゃ立っているのも辛いはず。
「冗談はよして。大丈夫よ、ユラ。この子を治療したときにはすでに傷は治りかけていた。傷は一切残らないでしょう。その包帯はユラを困らせたいからって、巻けってうるさいから巻いただけ。下手すれば、もう治ってるんじゃない?」
とヒスイを促すと、ヒスイから不敵な笑みを献上された。
「鬼の治癒能力はすごいからね。多少の傷ならすぐに治るわ」
「多少って、胸を刺されてるんだろ。こわっ」
ランスの皮肉に目を細めるヒスイ。
確か、ネグロの腕はすぐに再生はしなかった。
いろんな疑問が渦巻くなか、ヒスイとの一戦のことが頭をよぎる。
「でもなんで、僕はあんなことに?」
一番の疑念が強まると、3人とも黙ってしまった。きっと目を逸らす様子からして見当はついているのかもしれない。
しばらく沈黙が続いていると、様子を伺っていたヒスイが口を開く。
「あんた、混血よね?」
「混血?」
突然問われるが、意味がわからない。ヒスイと争っているときも、そんなことを言っていた気もするけれど。
「混血って?」
「鬼と人間の子供かって聞いてんのよ」
「それって、人間と鬼との血縁関係ってことだよね?」
「ふん。こっちのお嬢さんと違って話は通じるみたいね」
「何よ。あのときは突然、あんたがそんなことを言ったから、驚いただけでしょ」
ヒスイに茶化され、アカネは拗ねて頬を紅潮させる。拗ねた様子を鑑賞して満足したヒスイは視線を僕に移す。
真剣な眼差しで。
「――で、どうなの? あなたを見ている限り、純粋な鬼じゃないことはわかる。どっちかの親が鬼ってこと?」
鬼の血……?




