第7章 9 ―― 怯えている ――
第八十五話目。
……動けないなんて。
9
突然の動きに面喰っていると、さらのユラは天を仰ぎ、咆哮を続ける。
咆哮は空気を震撼させ、私らの体に降り注ぐ。
瞬間、急激に体が痺れ、片膝を着きそうになる。
これって威圧感?
ユラは何もしていない。ってことは、ユラの気迫?
斬撃を喰らったような痛みすらある緊張感。本当に修羅との戦いと一緒じゃない。
つい笑ってしまいながらも、立つのが精一杯。
この私が怖くて動けない。
情けないわね、ほんとに……。
胸に詰まっていたものをすべて吐き出して気持ちが鎮まったのか、ユラは肩を落としてしまう。
力なく腕を落とす姿に、戦意は消えている。隙も多いはずなのに、体は動いてくれない。
やはり私はまだ怯えている。
どうしても暗い姿に修羅の姿を重ねてしまう。ユラから放たれる覇気が忘れかけていた敗北感を蘇らせ、体を硬直させられた。
正直、視線を逸らしたい。じっとユラを見ていれば、姿に呑み込まれてしまいそうで怖い。
「ヒスイッ」
「――っ」
胸に突如激痛が走った。
アカネが叫んだのは、耐え難い緊張に意識が飛びそうになったときである。
瞬きをした瞬間、立ち竦んでいたユラが元いた場所から消え、眼前に移っていた。
同時に生まれた痛みに視線を落とすと、思わず嘲笑してしまう。
ユラに一撃を喰らっていた。
瞬きをした瞬間に距離を詰められ、体を剣で貫かれていた。
「……やってくれるわね、ほんと」
向かい合うユラの肩を掴んで声を漏らすけど、ユラはこちらを睨んだまま、動じることはない。
アカネが咄嗟に叫んでくれたのに、反応すらできなかった。
……バカね。
痛みに耐えながら、右手をユラの頬に触れ、顔を上げさせる。
「あんた、見込みがあると思っていたのに、女に手を上げるなんて、台無しじゃないの」
大人しい顔をしてんのに、大胆なことをするんだから。
「そんなことしたって、お姉さんの心は揺らがないわよ」
嫌味をぶつけると、どこか寂しげに見える。
「………」
すると、ユラの頬に触れていた右手が濡れていく。ユラの頬に、大粒の涙がこぼれていた。
「……大丈夫?」
それまでの気迫がどこか消え去り、泣き出している姿に胸が詰まり、聞いてしまっていた。
すると、それまで鋭かったユラの眼光が緩んだ気がした。私の問いに反応するみたいに。しかし、
「うおおおおっ」
一瞬の揺らぎを払拭するように、ユラはまた咆哮を轟かせた。
この子はまたっ。
鼓膜を破りそうな咆哮に眉をひそめ、体は硬直しそうになる。
このままじゃ……。
また重圧に潰されそう。けれど、逃げたいのに剣が抜けてくれない。
ああっ、もうっ。
思わず胸に刺さった刃の腹を拳で挟む形で叩きつけた。
刃が折れ、胸に刺さったまま後ろに逃げ、間合いを取った。
咆哮が静まると、ユラはまた天を仰ぐ形で立ち竦む。剣が折れていることにも気づかないまま。
まだ泣いているのか、頬が光っている。
自分の痛みも忘れてじっと眺めていると、ユラの頬から大粒の涙を地面に落とす。
滴は次第に結晶となり、地面に当たると弾けた。
弾けた涙は光る塵となり、宙に舞っていく。
空気に触れ、キラキラと輝く光景に目を奪われていると、光はユラを包んでいく。
どこかユラを包んでいた闇を浄化していくみたいに。
まったく、もうっ。




