第7章 4 ―― 家族 ――
第八十話目。
体が重い。
4
正直、体はまだ重い。
立ち上がって気づいたけれど、体にはかなりの傷があり、包帯だらけの姿。
生きていることすら疑いたくなった。
ランスからの話も信じられなかったけれど、受け入れるしかないのが現状。無理矢理自分に言い聞かせるしかなかった。
それに、心のどこかでまだレガートは健在で、人の賑わいがあるのだと信じたかったのだけど、外に出て肌が振れた風に諦めるしかなかった。
乾いた風が町を悠然と吹いていただけだったので。
ランスは鬼に会いたくない、と休んでいた家を出ることはなく、1人で町を彷徨っていた。
静寂した道を歩き、朽ち果てた住宅街を歩いていると、角を曲がった先に2人の女の住後ろ姿を見つけた。
なぜかしゃがみ込んでいる2人。
後ろ姿から1人はアカネであるのには気づいた。もう1人はそばで立つ銀髪の女の姿があった。
アカネ、と呼びかけようとしたとき、足が急に竦んでしまう。先に銀髪の女が振り返ったので。
「――お前、なんでっ」
僕の顔を見て、不敵にほほ笑んだ女。忘れるなんてない。フォルテのそばで遭遇した女、鬼だ。
「あ、ユラ。目が覚めたんだね。大丈夫なの?」
釣られて振り向いたアカネが声を弾ませるが、僕は返事もできない。足が竦むのも当然だ。それなのに。
「どうしたの? 久しぶりに会った私に見惚れているのかしら? なんだったら、また優しく相手をしてあげましょうか?」
鬼は茶化すように言い、僕の戸惑いを誘おうとした。
「またあんたは。大丈夫よ、ユラ。この鬼、戦うつもりはないらしいから」
アカネの指摘に面白くない、と言わんばかりに唇を尖らせ、子供みたいに拗ねてみせた。どこか以前より幼く見えてしまう。
でもアカネの反応を見ていると、足の竦みは解けて近づいていた。
「どうしてお前がいるんだよ」
「さあ? 偶然?」
とぼける鬼にどうも調子を崩されてしまう。
「それは本当よ。私らが来たときには、この鬼はいたわ」
「じゃあ、なんでこの町に?」
偶然にしても、レガートを狙って来ていることに疑念が強まってしまう。すると、鬼は拗ねたまま睨んでくる。
「それは好奇心よ。あなたがこの町に来たいって言っていたから。興味を持ったのかしら」
「僕の?」
「そう。あなた言っていたでしょ。レガートに約束を果たすために行くって。それでどんなところか見に来たのよ。ま、鬼と戦うことになるとは思わなかったけれど」
「鬼がいたのか」
さらりと答える鬼に驚き、声が上擦ってしまう。
「ネグロだったみたい」
「――ネグロッ」
見上げながら補足するアカネに、また驚いてしまう。
ネグロは相当の実力者だったはず。そんな奴を簡単に?
「信じてないみたいね? まあ、いろいろあったけれど、なんだったらもう一度、私と戦ってみる?」
と爪を見せて挑発してくる鬼に唖然とした。
「それで今はこの町を弔っていたところよ。だから今は冗談はやめて。そんなふざけても意味はないんだから」
ふざける鬼をアカネは窘めると、後ろに向き直し、手を合わせた。
何をしているのかと、アカネの辺りを眺めると、そこには木の枝を十字に縛り、地面に刺さっていた。
まるで墓石に見えてしまう。
弔う。そういうことなのか……。
アカネの仕草に納得はできるけれど、不意に鬼に目を移した。そしてアカネに視線を戻す。
これだけふざけてはいるけれど、鬼は鬼。どうしてアカネはこいつに警戒や、怯えていないんだ。
「なあ、アカネ。お前、なんでこいつと普通に喋ってんだ?」
平然とするアカネについ聞いてしまう。
「何それ。それじゃあ私が手のつけられない悪者みたいじゃない」
と不服とばかりに鬼は鼻を鳴らすけれど、それは無視した。
しばらくして自分に問われていたのか、とアカネは顔を上げる。そこで自分に問われたと知り、「ああ」と頷いた。
「私の家族にね、鬼がいるのよ」
「――鬼? え?」
視線を十字架に戻して呟くアカネに驚愕してしまう。
「鬼ねえ。ふ~ん。どうりで驚かないわけだ。身近にいれば、そりゃ鬼に対しての免疫はできるわね」
頷く鬼。でも僕はまだ信じられない。嘘だろ。
「――で、その鬼の名前はなんて言うの?」
「――スピネル」
家族に、鬼?




