第1章 6 ―― 会いたい ――
第八話目。
鬼と会うべき?
6
居心地の悪さは、宿を見つけて部屋で休んでいても、治まることはなかった。なぜか、どこかからかずっと覗かれているみたいな気持ち悪さが拭えない。
重い気持ちのままベッドで横になっていた。
呆然としながら手の平を視線の先に掲げ、握り締めていた小袋をじっと眺めた。
……約束。僕がするべきことは……。
部屋の扉をノックされたのは、小袋をギュッと握り締めていたとき。
身を起こし、小袋を懐に仕舞って返事をすると、しばらくして扉が開かれた。
現れたのは中年の男が3人。2人の男が並び、後ろで1人が隠れる形で。
「ユラさんですよね」
男らの視線は鋭く、物々しい雰囲気に眉をひそめていると、後ろに隠れていた男が静かに問いてきた。すると、2人の男が身を避けて道を譲ると、後ろにいた年老いた男が姿を現した。
髪に白髪が混じり、腰が曲がって杖を持っている様から、体は見た目より弱そうだ。
ベッドに座り直して対面すると、3人は部屋に入ってくる。
「何か?」
3人を観察しつつ、ベッドのそばに立てかけた剣に視線を送った。なかば強引に入ってきた対応を信用できず、最悪を想定しておいた。
3人に部屋にあった椅子を勧めると、杖を持った男だけが会釈して腰を下ろした。残りの2人は扉のそばで立ったまま。どうやら2人は護衛らしく、老人は椅子に座り一息吐く。
「突然失礼。私はウリュウ。この町の長を務めさせていただいている」
……長。そうか、それで。
道理で。それでこの人には変な威圧感があったってことか。
と、どこか3人の様子が滑稽に見えてしまい、笑みがこぼれそうになり、必死で堪えた。
「――で、話というのは?」
静かに問うと、杖を股の間に立て、体の支えとして柄に両手を添えたウリュウ。すっと顔を上げる。
一瞬緊張が走り、唾を呑み込んでしまう。
年老いて、頬はこけ、シワがより深くなった浅黒い肌。それでいて窪んだ目の奥の瞳孔は、しっかりと僕を捉えていた。
眼光はまったくくすんでおらず、小柄ながらもしっかりと存在感を放っていた。
やはり町を治めるだけの人物。老いても何かがあるということか。
なら、すべてを晒すこともないよな。
気を許すまい、と背筋が伸びてしまう。
「突然で申しわけありません。我らは鬼についてお伺いしたく、訪れたまでです」
やはりそうだよな。だったら。
「それは僕にも気になることが。この町は鬼に襲われずにいるとか?」
昼間の鬼のことを考えると、やはり気がかりになる。聞いてみると、ウリュウはおどけて笑い、かぶりを振る。
「それは酒屋でも町の者も言っていたでしょうが、本当に偶然の賜物。運がよかっただけでしょうね」
自信の表れか、本当に偶然の重なりからなのか、ウリュウの張り詰めた頬を緩ませた。
敵意は気のせいなのか。
「では、我々も1つ。あなたは鬼を求めているとか。どうしてそのような危険なことを?」
「求める? そんなことは。ただ、会えるものなら会ってみたい。とは思っているけれど」
説明が上手くいかなかったのか。変に穿った伝え方になっているな。ま、セピアのこともあるし、興味がないわけじゃないけれど。
「別に求めてるわけじゃ。会う機会があれば、会ってみたいだけですよ」
ここは間違った捉え方をされたくなく、ちゃんと伝えておいた。
「では、鬼に遭遇すればどうするおつもりで? やはりその鬼を倒すつもりでしょうか?」
ウリュウの声が急に鋭くなる。窪んでいた目の奥の光もより強くなっていた。
やはり、行き着く心配はそこになるか。
「いえ、酒屋でも言ったけれど、それは時と場合によってです」
「時と場合?」
嘘を言ったつもりはないけれど、気に入らないのか、扉のそばにいた男がぞんざいにこぼし、僕を睨んできた。
今にも怒鳴りつけそうな剣幕であったけれど、ウリュウが男に向かって手で制すると、男は渋々うつむいて引いた。
「では、やはり鬼を倒したこともあると?」
抑揚を抑えた声は、平静を装いながらながらも、圧迫感はしっかりと纏っていた。逆らう隙はなさそうだ。
「まあ、そうなりますね」
否定しないでいると、一瞬騒然となり、3人は訝しげにこちらを伺ってくる。
どうも、この町に嫌われているみたいだな。
「それって、鬼を倒さなければ、困ることでもあるのですか?」
胸の隅に刺さる疑念を放たずにはいられなかった。すると3人とも気まずそうに唇を噛んでいる。
……当たりか?
逆らうべきじゃない?