第6章 8 ―― 贋鬼 ――
第七十六話目。
女の、鬼?
8
「それから街に動揺が走って、その隙を狙ってこいつと逃げて来たの」
とランスを指差した。雑な扱いに苛立ったのか腕を組み、聞こえていないように目を背ける。
「なるほどね。で、なんでこの町に来たの?」
「それはユラがここに行くって言っていたから。廃墟になってるとは聞いていたけど、ちゃんと確かめたくて」
「ああ。あの約束のためね」
頬杖を突きながら頷く鬼。こいつもユラから事情を聞いているってことね。
「おい、あれなんだよ」
話を素直に聞く鬼を不思議に思っていると、唐突にランスが声を上げ、部屋の窓から外を眺め、小さく指差した。
「――剣?」
体を反らし、私も外を眺めると、通路の真ん中に数本の剣が刺されていた。
ジュストの屋敷跡を彷彿とさせる光景に眉をひそめてしまう。
「何あれ。気持ち悪い」
ジュストの影響もあり、怪訝に文句をこぼした。
「ああ、あれ。ついさっき私が倒した鬼が持っていた剣よ。私は別に欲しくもないから、地面に刺していただけよ」
鬼を倒した? そんな簡単に?
平然とし、頬杖を突きながら面倒そうに話す鬼。
私たち、ちょっと油断しすぎ?
「ちょ、待て。あの剣、見たことあるぞ」
「――ん? どういうことよ、それ?」
目を凝らすランスに首を傾げてしまう。
「そうだ、あれは…… ネグロだ。ネグロが持っていた剣だ。なんで…… え?」
戸惑いに駆られていたランスは鬼に目を剥く。
つられて私も鬼に視線を向けると、鬼はおどけたように目を細め、驚く私らを楽しんでいる。
その姿にまたランスは怯え、顔を逸らしてしまう。
「うそ……? ネグロを倒したって本当なの? あいつって、かなり……」
「私にとっては、そうでもなかったかしらね」
ネグロの実力は私も見ていたから、不思議ではあったけれど、鬼の態度からして、そうなのかな。
「にしても、あなたは面白いわね。鬼を前にして、たいして怯えないのだから」
マジマジと鬼を眺めていると、鬼はおかしそうに笑った。
「あんたが戦わないって言うならね。普通にしてくれるなら、私も普通にできるから」
「わからないわよ。私を見て驚かないのは面白くないわ。殺すかもよ」
多少強がってみると、鬼は挑発するように右手の爪を伸ばして指を動かした。
でも、どこか殺気みたいなものは感じない。きっと冗談なんでしょう。
「へえ、意外とあんたの方が強いのかもね。少しはその坊やにも分けてあげれば」
と、壁にへばりついて怯えるランスに爪を揺らして茶化した。
「んなことより、ユラはどうするんだよ。もう3日は目を覚ましてねえんだぞ」
体裁が悪くなったのを察し、怒鳴るランス。
強がっているのが見え見えなので、滑稽な姿に笑いを我慢した。
同じく笑いを堪えていた鬼は、爪を戻すと小さく息を吐き、銀髪を掻き上げた。
「でも、少しおかしいわね。その子に纏った黒い靄っていうのは、普通だとあり得ないと思うわ」
それまでふざけていた鬼だけど、急に顔を強張らせると、足を組んで考え込んでしまう。
不謹慎ではあるけれど、鬼の姿に魅入ってしまった。
本当に綺麗。
スタイルがいい。女の私でも見惚れてしまうほどに。
なんか、人とか鬼とか、全然関係ないわね。っと。そうじゃなくて。
「ねえ、どういう意味? 何か知っているの?」
つい前のめりになると、鬼は手で制し、
「はっきりとしたわけじゃないけれど、それは〝贋鬼〟の症状に似ているのよね」
「――〝がんき〟? それってユラを纏った姿が?」
「そう。贋鬼っていうのは、鬼の自尊心を汚され、己の自我を留めていられなくなった者の成れの果て。そうなると、そいつは影に呑まれ、そのまま消滅していく。ついさっき、私に挑んできたネグロってのもそれで自滅したわ」
「ネグロが贋鬼に?」
「女の私に敵わないのがよほど、侮辱的だったんでしょうね」
と、鬼は呆れて手の平を宙に掲げて首を竦めた。
「でも、ツルミっていうそこにいた鬼は〝堕鬼〟とか言ってたけど」
「堕鬼? それはないわ。それは鬼特有のことだからね。でもわからないわ。その子は人間でしょ。その子がなぜ、〝贋鬼〟みたいな症状がでたのか……」
「……でも、あの影、喋ったんだよね」
「そりゃその子は喋るでしょ」
「ううん。あの声、どこか女の声に聞こえたんだよね」
「女の声?」
当時のことを伝えると、鬼は訝しげに眉をひそめた。
女の声?




