第6章 7 ―― あなたは面白い ――
第七十五話目。
……影?
7
女の影に見える〝それ〟は剣を小刻みに揺らし、辺りを見渡しているみたい。
どこか獣が獲物を狙っているみたいに冷酷に。
「ふざけるなっ。貴様はなんのつもりだっ。こんなバカげたこと」
動揺からか、叫喚するツルミ。
「あまり調子に乗るなよ。お前みたいな――」
声を上擦らせながらも剣を影に向けたとき、影の姿が忽然と消えた。
「身の程知らずもいたものだ」
声の出所がわからず、視線を彷徨わせていると、
「グアッ」
ツルミの鈍い声が響き、彼を見ると、また目を剥いてしまう。
影を見つけた。
影は剣を振り下ろした格好で、剣先が地面に接している。しかも、向かいにはツルミの姿があり、どこか仰け反った形で固まり、胸には斜めに大きな傷が生まれ、血しぶきが飛び散っていた。
「――なっ」
――えっ?
さっきまでどれだけユラが攻撃を繰り出しても、揚々と避けていたツルミが瞬きの間に傷を負った。
「所詮、兵になれない者はこの程度ってことか」
蔑むような、嘆くような声が広がる。
「何を意味のわかんな――」
激高したツルミが剣を振り上げたとき、ツルミの体は胸と胴とで真っ二つに割れた。
瞬きをした際、影が剣を真横に振り払っていた。
――えっ? と戸惑いの声を出す隙もない。
一瞬の出来事に、時間が止まってしまう。
刃にへばりつく血を振り払う影。
地面に血が飛び散るのと同時に、2つに割れたツルミは黒い塵となって散った。
そのまま剣を一度クルリと回すと、影の正面らしき方向に剣先を突き出す。
「次は誰?」
影が誰とも特定しないまま呟くと、周りにいた鬼の住民らに動揺が走る。微かなざわめきが生まれ、勇み足だった住民らは輪を崩すように散り散りに広がる。
みんなが恐れているように。
「面白くない」
影が呟くほどに、鬼らが体を強張らせていく。
「大体、鬼が群れることが嘆かわしい」
刹那、影は地面を蹴り、鬼の群衆に立ち向かう。
次に影の動きが止まったとき、そばにいた1人の鬼が血しぶきを上げて地面に倒れた。
瞬きをすれば、影はまた別の場所に姿を飛ばす。そして、またそこで別の鬼が血しぶきとともに倒れる。
瞬きをするたびに影は辺りを飛び回り、鬼を殺していく。
けたたましい速さで鬼を倒していく。
それは戦いよりも酷い、虐殺に私には見えた。
次第に危険を察した鬼らが慌ててその場を去ろうと、散り散りになるけれど、そこを見逃さず鬼は襲い、さらに鬼は倒れる。
それは鬼が減る安心感ではなく、ただただ、身を切るような恐怖に襲われ、体が硬直する。
怖いはずなのに、惨劇を放っておくわけにはいかない。
一方的に虐殺されていくのは息苦しくなっていく。例え鬼であっても、それは違うはず。
体が動いてくれない。なんで……。
「――やめてっ」
もう恐怖の塊になってしまった影に、思わず叫んでしまった。
鬼がこれ以上無慈悲に殺されるのは気がして、耐えられなかった。
恐怖を顧みない私の発狂は影に届いたのか、鬼を斬り続ける体を止めた。
私の声に気づいた影は向きを変え、ゆっくりとこちらに歩を進めた。手にした剣をゆらゆらと小さく揺らして。
私の前に立ちはだかる影は、本当に人の姿を成していた。ユラでもない、得体の知れない誰かに見下されいて、息が詰まってしまう。
恐怖で思わずしゃがみ込むと、私に合わせて鬼もしゃがみ込み、顔と思しき影が私を見据えてくる。
私は一歩も動かず見据えた。いえ、異質な雰囲気に呑まれて動けなかった。
影はそっと私の耳元に顔を近づける。触れてもいないのに、氷を頬につけられたみたいに冷たい。
「あなたは面白い」
どこか女の声に聞こえた声に意識が震え、咄嗟に影に視線が移る。
すると、影は黒い霧となって消えていき、影は次第に小さくなっていく。
黒い靄が風に流れていくと、本来の主であったユラの姿が露になった。
すべての靄が晴れたとき、重力に従い、ユラが倒れる。
咄嗟にユラの体を支えた。
「ちょ、ユラッ。ユラってばっ」
どうやら気を失っているのか、返事はなく、項垂れたまま動こうとしなかった。
……動けない。




