第6章 5 ―― 従った? ――
第七十三話目。
誰か、人?
5
住宅が崩れた入口に向かっていくと、やはり人間の姿を見つけ、少し興味を抱いてしまった。
人間は3人。
1人は女で、残りの2人は男。その1人は病人かケガ人なのか、もう1人の金髪の男に背負われていて、男の荷物らしき剣は女が持っていた。
あら?
入り口付近で奇妙な3人を出迎えたとき、背負われていた男に見覚えがあり、瞬きが激しくなった。
「その子、ユラ?」
どうも意識がないのか、背負われた状態でうつむいているけれど、やはり彼らしく、つい近寄ってしまう。
「知っているんですか?」
すると、女が恐る恐る聞いてきた。
「ええ。以前に一度あったことがあるわ。確か、ユラ? だったかしら」
「なんだよ。誰にでも話しかけているのか、こいつは」
耳元の髪を掻き上げ言うと、ユラを背負っていた男が文句をこぼす。
「ほんと、そうよね。今考えても、無謀だと思うわ」
「はあ? 何言ってるんだ、お前」
「あなた、もしかして鬼?」
どうも機嫌が悪いのか、突っかかる金髪男に対し、女は気づいたのか目を丸くした。
そこで茶化すように手をかざし、爪を見せた。
尖った爪を見せた瞬間、見るからに怯えて後退りする金髪男。ちょっと爪を伸ばして驚かそうかと思うほど滑稽に。
意外にも女の方は多少、驚いていても毅然として動じていない。
こっちの女の方が話は通りそうね。
「そんなことよりユラ」
「そんなことって、鬼だぞ。わかってんのかっ」
どうも、2人は対照的ね。見るからに、男の方が逃げたがっているみたい。
「ねえ、どっか休むとこないっ。ユラ、ケガしてんのっ」
「でも、私も昨日今日ここに来たところだからね」
「そんなのいいから、早くっ」
そんなことって。一応、私って鬼なんだけど。
驚かれないと、それはそれで物足りない。それか、私に威厳がないってこと。
「早く用意してよ、早くっ」
「は、はい……」
あれ? 今、私人間に従った?
廃墟となり、そのほとんどが空き家になっている町。残っている家屋もあって使い放題。幾分被害の少ない家を選び、そこの部屋のベッドに意識のないユラを休ませた。
女の言う通りユラは全身傷だらけ。
誰かと争ったとでも言うのかしら。そうでないとできない傷ね。
献身的に包帯を変えたりして治療する女。どうも、この子はこうしたことに慣れているようね。
それに対して、金髪の男は部屋の隅で壁に凭れて腕を組んでいる。
私を警戒しているのかしら。ずっと私を睨んでる。
やっぱり、これが普通よね。
「ねえ、あんた名前は?」
ベッドのそばにあった椅子に座り、ふと聞いてみた。
「ん? 私? アカネよ。んで、そこで怯えてるのがランス。ユラは知ってるでしょ」
「誰が怯えてんだよっ」
気さくに答えるアカネを、雑に紹介されたのが癇に障ったか、ランスが怒鳴った。
「そんなに刺々しないでよ。ユラって子はもっと優しかったわよ」
指を舐めながら茶化してみると、ランスは怯えながらも必死に耐えて立ち竦むけれど、私とは目を合わそうとはしなかった。
「おい女っ。なんで、こんな鬼のことを信じるんだよっ。こいつは鬼だぞっ」
私に敵わないと悟ったのか、ランスは怒りの矛先をアカネに変え、責め続けた。
「何、言ってんの。大丈夫でしょ」
対してアカネは平然と反応する。ランスは納得せず眉間を歪め、憤っている。
「だって、ユラが話をしたって鬼でしょ。それでも手を出してこないってことは、安全ってことでしょ」
ユラの手当てをしながら話すアカネにちょっと感心してしまう。
案外、この子の方がいくつもの修羅場を抜けて、肝が据わっているみたいね。
それにしても……。
少し遊びはしたけれど、ユラって見た目より強かったわよね。それなりの鬼となら対等に戦えるほどに。それなのに。
「ねえ、この子はどうしてこんなに傷ついているの? ここまでだとかなりの戦いになったと思うんだけど」
素朴な疑問を投げかけると、アカネとランスは急に表情を曇らせた。
かなりの傷ね。




