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縁鬼乱舞  作者: ひろゆき


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 第6章  2  ――  負の烙印 ―― 

 第七十話目。

 うるさいわね。

                    

            2



 男の高笑いが酷く響いた。

 まったく。本当に小物ね。こんなことで勝ち誇るなんて。

 別に悔やんでいるわけでもないから、前髪を掻き上げ、左の頬にある青い痣を晒してやった。


「そうか。お前は〝堕鬼〟か。そうか、ただの負け犬か」

「本当、ずいぶんな言い方ね」

「だってそうだろ。修羅に挑んで無様に負けたんだ。青い痣はその代償だろ。それは負け犬として烙印じゃないか」


 鬼にとっての宿命。

 修羅という鬼の頂に挑むことは、鬼の兵となり、新たな修羅になろうとする本能。

 ただ、それは簡単なものではない。

 無数の鬼が〝修羅〟としての地位を得るわけでもなく散っていく。そうした敗北者の体に刻まれるのが負の烙印、青い痣であった。

 そ、私は修羅に挑んだことがある。そして、見事に負けた。

 あたかも私の汚点であるとばかりに、高笑いする男に嘆きたくなる。


「言ってくれるわね。修羅に挑む勇気もない男のくせに」

「……んだと」

「だってそうでしょ。修羅に挑みもせず、無駄に人間を殺して、自分は強いんだって酔っているだけじゃないの」

「だから修羅になれなかった奴がほざくなっ」

「その価値もない小物がよく言うわ」


 ダメね。痣を気にしてないにしても、こんな小物を前にすると、ついバカにしてしまう。

 男は頬を歪め、完全に機嫌を損ねている。


「負け犬がよく言う。その減らず口、閉ざしてやるよ」


 男は鼻で笑うと、背中の布を解いて一本の剣を抜き、こちらに向けた。


「せっかくだ。俺の名はネグロ。俺に殺される前に名前を聞いてやるよ」

「あら残念ね。私って、自分より強くない奴に媚びを売るつもりはないのよ」

「はあっ?」

「それとも何? 私を押し倒して、服従でもしてみる? それができれば、私は言いなりになってあげてもいいわよ」


 と、右手の人差し指をペロリと舐めて挑発すると、ネグロは頬を紅潮させていく。


「そもそも、鬼のくせに剣を持つなんて情けない。それって自分に自信がないのを晒しているだけじゃない」


 自信満々に剣を向けるネグロに放つと、これが一撃となったのか、ネグロはわなわなと手を震わせていた。


「あのクソみたいな人間と同じことを言うなっ」

「へえ。人間の方が冷静に状況を読むことができるみたいね」


 きっと、ユラでしょうけれど。

 そこでネグロは目を剥く。

 次の瞬間、有無も言わず地面を蹴り、こちらに迫ってきた。


「この堕鬼がっ」


 紅潮しながら剣を振り回すネグロ。ま、口だけのことはあるみたい。動きは機敏。でも単純な動き。すぐに避けられる。強がってはいるけれど、性格は素直ってことかしら。可愛いじゃない。

 でも、私をバカにしすぎ。

 ネグロの攻撃は何度も空を斬る。私としては簡単なんだけど、次第にネグロの表情は強張っていく。

 かなり怒っているわね。自分が弱いだけなのに。


「クソがっ。ふざけんなっ。なんで当たらねえんだっ。こんなクソ女にっ」


 あくまで私は弱いのね。だったら。


「――っ」


 刹那、ネグロの腕が振り上がると、衝撃で剣が宙に舞い、ネグロの後ろに転げた。

 反射的に振り向こうとするネグロだが、瞬時に止まる。ネグロの眼前に私の伸びた爪の刃が捉えていたから。


「私は修羅に負けたわ。けどね、あんたより弱いってわけじゃないの。わからない? 遊んであげているってのが」


 血走っていくネグロの瞳孔。憎しみが私を捉えようとしたとき、体を回転させた。

 伸ばした爪の刃がネグロの体を捉え、傷とともに鮮血が飛ぶ。

 ネグロの胸に5本の傷が彫られ、胸が血で染まる。

 足に力を入れ、さらにもう一回転し、仕留めようとすると、


「――?」


 今度は私の爪が空を斬った。ネグロは寸でのところで後ろに下がり、攻撃をかわした。そのまま胸を押さえ、膝を着く。

 でもその程度。次は外さない。

 回転を止めると、そのまま構える。


「クソがっ。なんなんだよ、クソ女がっ」

「修羅に負け、兵の品格もなくした弱い女ですよ」


 首を竦め、挑発してやった。わなわなと震えていくのを見ると、笑うのを堪えてしまう。


「バカにするなっ。どいつもこいつもなんなんだっ」


 指を動かして遊んでいると、ネグロはさらに発狂する。うるささにげんなりしていると、不意に指が止まる。

 頬を歪めてしまう。

 何かがおかしい……。

 膝を着いてうずくまるネグロの足元に、細かい黒い靄みたいのが発生し、静かに宙に舞っていく。

 最初は細かな粒であった靄が体に集まり、やがて渦を巻いていくように漂った。


「クソッ、クソッ、クソッ」


 悔しさを噛み殺し、声を上げるネグロにまるで呼応するみたく、靄はより黒さを増していき、体を覆っていく。


「お前らはっ」

 

 ネグロの叫びに肩を揺らしたとき、黒い靄はネグロの全身を包み込んでしまった。

 とぐろを巻いていた靄は次第に形を成していく。

 ゆっくりと靄に呑まれたネグロ。黒い靄はまるで人が立ち上がるみたく動く。

 動きを止めた影は、人の形を成しながらも、ネグロとはかけ離れた小柄な姿になっていた。

 まるで、性別すらも変わったみたく華奢に見えた。


「……なんか、嫌な奴のことを思い出しそうね」


 小物相手も大変。

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