第1章 5 ―― 願い ――
第七話目。
鬼と会話?
5
全身から一気に血の気が引き、息が詰まった。反射的に腰の剣に手が止まり、身を屈めて身構えてしまう。
瞬時に放たれた殺気に、忘れていた恐怖に体を硬直させられ、改めて認識させられる。
ラピスが鬼であると。
殺される―― 全身に駆け巡る警告にラピスを睨みつけると、ラピスの険しかったはずの表情が緩んだ。
厳格だったのか、と疑う間に、ラピスに穏やかさが戻り、殺気は消えていた。
「あなた、大人しい見かけによらず、かなりの手練れのようね。ここの警備を任されるだけのことはありそう」
僕の構えを楽しみながら、ラピスは顎を擦る。
「ごめんなさいね、ユラ。ただちょっと遊んでみただけよ。安心なさい。ここを出るつもりはないわ」
「お前……」
「確かに逃げるという捉え方も一理あるわね。もしかすれば、そうかもしれない」
嘆くように呟くラピスに怖さはなく、剣を鞘に戻した。
「それでも私は鬼。娘を気にかける一方で、鬼としての本幹も消えていない。人間に対して干渉する自分に嫌気が差してしまう気持ちがある」
と、ラピス自分の首を右手で掴み、爪を立てた。
「鬼としての本能を忘れられないのよ。だからこそ、戦いを捨てた私自信に嫌悪感があり、鬼としての価値はない。生きているのは恥なのよ」
耳を疑ってしまう。
自分を否定するラピスに淀みはなく、本音であることは伝わる。だからこそ、揺るがない姿勢に動けない。
「――恥? だから、子供に会うことよりも、命を絶つことを望むと?」
またしても言葉に棘が混じる。ただ、今度はラピスも殺意を放とうとしない。
「あなたはそうして責めるでしょうが、私はそれを否めない。これが鬼のプライドなんでしょうね。娘から逃げても、それからは逃げられないのよ」
立場を悟っているのか、落ち着いた様子で髪を撫でていた。
「それって…… それって寂しくないか?」
柵の奥で佇む姿がとても小さく映り、儚くなって自然とこぼれた。
「ほんと、あなたは面白い。そこまで鬼に気遣ってくれる人間がいるなんて驚きよ。でもね」
それまで穏やかだった口調にまた棘が戻り、背中が寒くなる。
「でも、気をつけなさい。それだけ鬼に感傷的になるのは、自分の身を苦しめることになるかもしれない。いずれ人間はあなたを蔑むことになるかもしれないのだから」
ラピスの言動は、見えない恐怖を沸き立たせ、体から熱を奪っていく。
それは鬼に抱く恐怖とは違う怖さが。
「……それは僕に対しての忠告なのか?」
人の冷酷さに負けたくない一心から強がってしまうと、ラピスはゆっくりとかぶりを振る。
「いいえ。これは命令ね。私みたいな鬼に感傷的になる必要はないから」
「でも、それじゃ」
「ありがと。でも、私の尊厳を立てて」
「尊厳って……」
ダメだ。どうも僕はラピスを〝人〟と同じ感覚で捉えようとしている。心の奥から計り知れない熱が込み上げてくる。
「そんなの悲しいだろ」
「気にする必要はないわ」
ラピスの忠告通り、深く関わるべきではないのか、とためらって、どこか自分をごまかしてしまいそうだ。
「そう。だったら」
感情を押し殺していたとき、ラピスがまた首を傾げる。
「私の願いを1つ、聞いてくれる?」
鬼は怖くない?