第5章 11 ―― 既視感 ――
第六十八話目。
遊ばれている。
11
次第に刃が血で赤く染まっていく。
一気に染まるのではなく、ジワリと少しずつ赤くなっていく。いずれ真っ赤に刃にを染めるように。
それはツルミがそうなるよう、ゆっくりと時間をかけてわざと。
そのたびに僕の体に傷が増えていく。致命傷となる傷はなく、小さな傷が全身に負っていく。
軽症であっても、血が多く流れ、体の動きを邪魔する。
微かに手が痺れ、このままでは血で手が滑りそうだ。
「ふん。やはりその程度か」
ダメだ。視界が霞んで意識が朦朧としてくる。眼前のツルミの姿も霞んでくる。
完全に弄ばれている。こちらは奴の攻撃を辛うじて致命傷を回避しているだけ。攻撃は受けている。
それに対して僕の攻撃はまったく当たってくれない。
しかも、相手は一人じゃない。
見渡す限りの人影はすべて鬼。こいつらにも気を張らないといけない。
不幸中の幸いというべきか、群衆の鬼は自ら手を出そうとしない。タカセも悠然と腕を組んで立ち尽くしている。
きっと、僕が逃げ出そうとすれば、逃げ道を塞ぎ、襲う算段なんだろう。
とどのつまり、こいつはツルミに僕が殺されるのを待っているんだ。アカネにも手を出してこない。
アカネも短刀を構えてはいるが、及び腰になっている。彼女も守らないと。それにはまず。
痛む腕を上げ、剣先をツルミに向ける。
動いてくれよ、体。
地面を蹴った。
ツルミとの距離を詰め、斬撃を加えた。
だが、簡単にツルミには防御され、剣で受け止められる。憎らしいのはこちらが渾身の一撃であるのに、ツルミにしてみれば、痛くもなく、片手で一撃を受ける。あたかも陽を避けるように顔を手でかざしているみたいに。
一瞬、ふざけたツルミの笑みが浮かぶと、剣が振り払われる。腕が上がり、胸元を晒してしまった。
「面白くないな」
ツルミの表情は引きつったとき、両手で剣を握り直し、頭上から振り下ろした。
「――っ」
反射神経には我ながら感謝しかない。体がツルミの一撃を辛うじて受け止めた。
頭上から足元に向かって衝撃が走る。これまでに受けた傷がさらに開きそうで、衝撃だけで骨が折れそうだ。
何よりこの既視感。
無理矢理ツルミの腕を振る払い、後ろに引き下がった。
さっきから体が疼いていく。
動揺で潰されそうなのをごまかすのに、大きく深呼吸する。肩を揺らしていると、大きなことに気づき、目を剥いた。
「お前、昨日屋敷跡で襲ってきた鬼か」
「――襲う?」
昨日、屋敷跡でも一方的に攻められた反応に酷似していた。こいつの力なら、姿を見せずに襲うのも簡単なはず。
しかし、ツルミは首を傾げておどけてしまう。あくまで白を切るように。するとツルミは唐突に剣を地面に突き刺した。
「お前、昨日屋敷跡で襲っただろ」
念を押すと、笑いながらツルミがかぶりを振る。
「知らないね、そんなの」
「知らない? そんなはずは……」
「恐らくそれは、お前の恐怖だ。強がっていても、毅然としても、お前は鬼に対して恐怖を抱いている。それがあの屋敷という張り詰めた空間で幻として現れたんだろ」
と、僕を指差して断言する。
言葉を失っていると、反応のなさに拍子抜けしたのか、呆れて頭を抱えた。
「それが人間の弱さ。わかるだろ、それは生まれたときからの宿命なんだよ。だから人間は鬼に逆らえない」
と左手の親指を胸に当てて。
鬼に怯える……。
完全には否定できない。
だから逆らえない?
「わかるだろ。だからランスも俺らの道具になったってことだ」
「――っ」
逆らっちゃいけないっていうのか…… そんなのっ。
微かに残る恐怖を、頭を掻き毟って払拭した。負けてなんていられない。
「まだ動くか」
敵意を隠さずにいると、僕の姿に感心するツルミ。一歩も引かずにいると、地面に刺していた剣を抜き、クルリと手の平で回転させる。
「まだ俺らに従うつもりはないか。そうなれば、いずれまた鬼に歯向かう可能性もあるってことだな」
一気に放たれた気迫に目を剥いた。委縮しそうな体を鼓舞し、足を踏ん張る。再び剣を構え直す。
「そんな人間は必要ない。自分の無力さに悔しみながら死んでいけ」
恐怖?




