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縁鬼乱舞  作者: ひろゆき


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 第5章  8  ――  従順な犬  ――

 第六十五話目。

 素直に認めないよな。

                    

            8



 突然の指摘に苦笑するツルミ。


「何を言っているのです? 私が鬼? どうしてそんなことを?」


 事を荒げまいと冷静に話すツルミに、大きな溜め息をこぼした。


「ツルミって言ったよな、あんた。ちょっと、手を見せてくれないか?」

「どうしてです。急にそんなことを言われても、私も困りますよ。少し落ち着かれては」


 白い手袋をはめた手で制し、苦笑するツルミ。平然とする姿に舌打ちをしそうになった。

 ツルミは鬼だと、不思議と確信を持てた。


「昨日の夜中。僕は襲われた」


 唐突に話し出すと面喰ったのか、ツルミは首を傾げる。


「僕を襲ったのは、街の長だった」

「――長? いや、そんなバカな」


 話を聞いたツルミは訝しげに眉をひそめる。住民らにも少なからず動揺が走った。


「ああ。僕も変な感じだった。あの人は街の長だ。独裁者で横暴な人じゃないにしろ、それなりに権力を持っているはず。そんな人間なら、〝暗殺〟なんて卑劣なことを自分でするとは思えない。あの人の歳を考えればなおさら。それこそ、誰かに依頼したっておかしくない気がする」

「何をおっしゃりたいので?」


 怪訝に思えたのか、ツルミの眉がより歪む。


「それで考えたんだ。長は実は権力を持っていないんじゃないかって。長は年配だ。人望だってあるはず。そんな人物を服従させるのはよほどの人でないとできないはず。この街でそんな感じの人はいない気がした。けど、1つだけ可能性があると気づいた」

「可能性?」

「ああ。それが鬼だ。鬼だったら、人の歳とか関係ない。人望とか気にしないだろうし。力で無理矢理屈服させるなんて簡単だろ。長はかなり怯えていた。だから、鬼が命令したんじゃないかって思ったんだ」

「だからって、なぜ私が疑われるのです?」

「まあ、そうだね。でも気づいた。あんたは執事としてずっと長に付き添っていたんだろ。それは従順に見えたし、長は信頼して意見を求めていたんだろうって。でも、違うよな」

「………」

「あれは信頼ではなくて、顔色を窺っていたんじゃないかって。機嫌を損ねないよう、随時確認をしるんじゃないかって。そして、鬼は助言するように命令していたんじゃないかってね」


 バンジョウの屋敷で彼に耳打ちしている姿を見ていた。


「それで私が鬼だと? ですが、それだけではやはり飛躍しすぎでは?」


 ツルミは胸に手を当て、嘆いてみせた。


「「それにお前、左利きだろ?」

「――はい?」


 急に話題を変えたことに、気を損ねるツルミ。完全に不快さを前面に現した。

 

「長に襲われる前、鬼にも襲われた。そいつはかなりの実力を持っていた。正直、防戦一方で負けそうだった。でも、そいつの戦い方には特徴があった。そいつは基本的に僕の右側に斬撃を集中させていた。どうも、斬撃を繰り出す軌道は、左手でしなければいけないものばかりだった。多分、そいつは左利き。そしてお前も少しの間だけでも、左手を主に使っている。違うか?」


 ツルミは主に左手を使っていた。人を誘う際や、何かを持つとき、扉を開いて閉めるときも。現に今も胸に当てているのは左手。

 そして、バンジョウの態度から察して責めた。

 ツルミは静かに息を吐く。


「どうも、その主張はやはり強引でしかないのですが」

「悪いな。こっちもアカネを捜すのに必死なんだ。疑わしい奴は徹底的に疑わせてもらう」

「それでは反感を買い、敵を作りますよ」

「構わない」


 きっぱりと断言した。

 揺るがない意志を表示すると、ツルミの目つきが変わる。あからさまに、わざとらしく溜め息をこぼす。


「面倒な人間だな、まったく。ああ、そうだ。俺は鬼だよ」


 急に口調を鋭くするツルミ。そのまま左手の手袋を外して素手を晒した。

 鬼の特徴でもある爪が鋭く尖っている。


「お前の指摘は大概が合っている。あのクソ長は俺の従順な犬、とでも言うかな。いいように動いてもらっている。俺はその陰に身を潜められるからな」

「ふん。まったく鬼らしい言い方だな」

「ま、それはあのランスも同じだがな」


 剣を握る手に力がこもる。挑発する姿にこちらの動揺を誘っているのは明白だからこそ、理性を働かせた。


「仕方がないか」


 刹那、ツルミは両手の手袋を捨てると、胸の前で腕を交差させ、指を広げた。爪を鋭く伸ばして。


 従順な犬。

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