第5章 7 ―― 出てこいっ ――
第六十四話目。
何かがおかしい。
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辺りを見渡しても、広場に人影はない。しかし、足元には争った跡がある。
アカネは何かに巻き込まれた?
バンジョウが手を加えた?
いや、それよりも昨日襲ってきた鬼が。
まさか。
すぐさま踵を返す。
やっぱり、この街は何かがおかしい。
街に鬼は存在している。
それなのに、住民らはそれに対して恐怖や怯えを抱いている様子はなかった。
それはフォルテみたく、鬼に対する期待感ともまた違う。奇妙な雰囲気が街全体に広がっている。
ランスの話では鬼は絶対にいる。
鬼の傀儡……。
長がわざわざ僕を襲ってきた……。
考えろ、何か引っかかるものがある。それに気づけっ。考えろっ。
踵を返した足が急激に止まり、口元を手で覆った。
「おい、ユラッ」
そこに追いかけて来たランスが声をかける。突然飛び出したせいか、困惑した様子で。
強いはずのランスが怯える。もしかすれば、バンジョウも同じなのか?
「おいっ。あの女はいたのかっ」
「いや、いない。どこに行ったんだ? まさか」
咄嗟にあの屋敷跡がある丘を睨んだ。
まさか、あそこに。
「いや、あそこはないはずだ。あの女を見たのは昼間だ。もし、屋敷跡に連れられたのなら、夜に俺らがいたときに気づくはずだ」
僕の憶測から憶測に気づいたのか、ランスはかぶりを振って否定する。
だったら……。
「なあ、ランス。鬼は街にいるんだよな」
「――いる」
僕が険しい剣幕だったのか、ランスは素直に頷いた。
だったら。
すぐさま地面を蹴った。
「おいっ、ユラッ」
もうランスの声は聞こえなかった。
ガムシャラに走り、ある場所に辿り着くと、前かがみになって肩で息をしてしまう。
行く当ては当然ながらない。でもじっとなんかしてられない。手当たり次第に捜すなんて、効率が悪いし待っていられない。
鬼がいるなら、呼んでしまえばいいんだ。
肩を大きく揺らし、呼吸を整えると、上体を伸ばして顔を上げた。
すっと息を吸う。
「出てこいっ、鬼っ。ここにいるのは知っているんだ。出てこいっ」
息を勢いよく吐き出すのと同時に、叫喚した。
街の中心部。
放射線状に広がった広場の中心に僕の声が轟いた。
それまで街を駆け抜ける姿に好奇の目を剥けていた住民。歩いていた住民らの足は止まり、困惑が充満して時間が止まっていく。
「――出てこいっ」
再び叫喚が轟くと、静寂はざわめきに変わり、好奇から蔑んだ眼差しに変貌し、僕へと注がれていた。
どこか責め立てる視線に臆せず、無数の視線を撥ね退けようと睨み返した。
禍々しい剣幕に委縮してか、次から次に目を逸らしていく。
クソッ、なんだってんだ。
一気に自分だけが空間を切り裂かれたみたいで気持ち悪い。
「何を騒いでおられるのです?」
ざわめきが広がるなか、一際冷静な口調で問いかけてくる声に、視線を傾けた。すると、集まり出した住民を掻き分けるようにして1人の男が輪から出てきた。
黒い服を着た、見覚えのある男が立ちはだかる。
こいつ、確か……。
ツルミだったか。
長であるバンジョウの後ろで立っていた男。
冷静な態度を崩さないツルミ。まったく動じないまま僕のそばに近寄ってきた。
バンジョウの屋敷で見たときもそうだ。周りを俯瞰して冷静に捉える人物だろうと捉えていた。
「ユラ殿。この騒ぎは一体――」
すぐさま抜刀し、剣先をツルミの顔に向けた。
突然の出来事に面喰うツルミ。咄嗟に左手を顔の前に出して制するツルミを睨んだ。
「お前、鬼だろ」
こいつが……。




