第5章 5 ―― さっさと出て行けっ ――
第六十二話目。
鬼の住処。
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この街は鬼の住処。
ランスの言葉は胸に重くのしかかっていた。
ランスの実力は計り知れないほどであった。そんなあいつが警告する。
鬼の実力が相当であるのだと現している。
まだ信じられないけれど、ランスの忠告通りにすぐに街を出るべきかもしれない。
しかし、僕はまだ街にいた。
やはり、街を無下にはできない…… よな。
けど明日には出るか。
夜中、静まり返った部屋に、静寂に紛れて微かな音が忍び寄る。
部屋の扉がギリッと静かに開かれ、外の明かりが隙間から入り込み、微かな音はゆっくりとベッドのそばに近寄る。
暗い部屋に黒い輪郭が浮かび上がる。
刹那、暗闇に光が灯る。
ドスッと鈍い音が広がり、部屋の明かりが灯された。
「なんの用だ?」
扉付近で声が轟いた。
手にした剣を、ベッドの脇に立つ影の主の背中に突きつけた。
動けば容赦ないとの警告を含めて。
屋敷跡を出て、宿屋までの道のりだっただろうか。奇妙な気配を感じたのは。
後をつけられているのは、部屋に戻って確信に変わった。あとはいつ襲ってくるのか、と部屋の隅に身を潜めていた。
ただ、ずっと違和感もあった。
殺気がなかったのだ。ランスみたく悟られまい、と隠す気概もなければ、鬼みたいな禍々しさがなかった。
そもそも、鬼ならばよそよそしい行動なんてするはずもなく、違和感を拭えないまま影に潜んでいた。
剣先が捉えていたのは1人の後ろ姿。
背はさほど高くなく、頭皮の髪が薄く、残された髪も白く、年配の男。
右手には逆手にナイフを握っていた。
「……あんた」
驚愕に声を詰まらせると、男はゆっくりと振り返り、怯えた目で僕を睨んでくる。
「あんた、長じゃないか」
ナイフを手にしたのは、昼間、街の中心の屋敷で面会したバンジョウ。今にも怯えで倒れそうなほどに顔を強張らせていた。
「なんで? なんでこんなことを?」
「さっさと出て行けっ」
疑問を投げかけると、声を掻き消すほどに叫喚するバンジョウ。鬼気迫る形相に、こちらが圧倒され、構えていた剣を下げてしまう。
「なんなんだよっ、これは一体っ」
困惑から口調も強くなってしまう。叱責を受けるバンジョウはより顔は青ざめ、肩を竦めて唇を噛んだ。
「まさか、鬼が関わっているのか?」
鬼の界隈。
ランスの弱音が不意に蘇り問いていた。それでもバンジョウは答えない。
「お前が街にいれば、街は危険になるんだ。さっさと出て行けっ」
バンジョウはナイフを持ったまま、右手を大きく振り払い発狂する。
血走った眼差しに、どうも僕よりも自分を責めているみたいだ。
「やっぱり、鬼が関係しているのか?」
「………」
答えないバンジョウは、ナイフを両手で構え直し、こちらに向ける。ただ、腰が曲がっているせいか、恐怖心はない。
いつ振りかざすかわからないなか、唐突に僕は剣を鞘に戻した。刃を向けたままではらちが明かない。
やはり、鬼に強要でもされているのか。
「なんでもいい。お前たちは早く街を出て行ってくれっ」
少しは理由を教えてほしい。だが、バンジョウは必死に訴えてくるばかりで、取りつく島がない。
街がなんらかの形で掌握されているのは明白。だからこそ、手を打ちたかった。
けれど……。
「わかった。明日の朝には出て行く」
「……すまない」
従うしかなかった。
翌朝。
昨日のバンジョウの顔がずっと頭から消えてくれない。
彼の頼みに従ったとき、安堵と怯えの混じった複雑に曇った顔が。
でも、あそこで強引に留まってしまえば、もっと複雑になっていそうで、従うしかなかった。
しかし、アカネを見ていなかった。
アカネがいない?




