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縁鬼乱舞  作者: ひろゆき
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第1章 4  ――  逃げるのか?  ――

 第六話目。

 大事な話。


            4

                  


 耳を疑ってしまう。

 声は確実に僕の体を通り抜け、風のごとく灯りの松明を揺らすと、影が動いた。

 ラピスと目を合わしていると、不思議と恐怖とはかけ離れたものみたいに感じてしまう。どこか、和らげに見えてしまう。

 つい目を剥いてしまいそうになる。


「いや、娘?」


 ラピスの表情に流されてしまうなか、かぶりを振って意識を戻すと、聞き間違いではないと、ラピスは静かに頷いた。


「当然驚くでしょうね。鬼の生態を知っているなら、その通り。鬼は元々、生殖本能や、恋愛気質は乏しい。己の生存本能だけが長けているわ。けど、世界に鬼は途絶えない。裏を返せば、少なからず子孫を残している鬼もいるってことよ」


 淡々と話すラピスに呆然とするしかなかった。彼女は人でいえば十代。僕と大差ない。

 だからこそ、ラピスの無垢な願いに違和感を抱かずにはいられない。


「まあ、娘といっても、私の場合は人間の娘なんだけどね」

「――人間?」

「そう。私には人間の娘がいた。ずいぶんと昔の話だけどね。そしていつか、離れ離れに。その子のことを考えると、戦うことはどうでもなってしまったのよ」


 そんなはずはない、と反射的に叫びたかったけれど、すぐさま躊躇してしまう。

 ラピスは膝の上で手の平を広げ、じっと見つめていた姿はまるで赤子を抱きかかえているみたいに見えてしまったため。

 また、本当にラピスの眼差しが子供をあやしているみたいな錯覚に襲われ、言葉を呑み込んでしまう。


「じゃあ、なんでここを逃げ出して会いに行こうとしないのさ?」


 鬼にはないはずの母性を感じていると、率直な疑念をぶつけてしまう。

 決して責めているつもりはないのだけれど、ラピスは一度溜め息をこぼすと、僕をまっすぐ見つめ、首を傾げた。

 どこか嘆くようで、寂しげな光に胸の奥が痛んでしまう。


「私は鬼よ。そんなのが会いに行けるわけないでしょう」

「でも、娘はあんたに育てられたんだろ。だったら」

「普通に考えなさい。娘は人間。その子の周りにいるのも人間なのよ。そこに私が行けるわけないでしょう」


 子供を宥めるみたく、ラピスは優しく言うと、首の向きを変えた。


「例え会えたとしても、私が去れば、その子の身が安全とは言えないでしょう」


 鬼と面識があるとなれば、疎まれることもあるだろう。そうなれば、娘の命も危うい、と口を噤むラピスの言い分を察し、息を呑み込んだ。

 だから、ラピスはここに留まっているのか……?

 

「……正直に言う。このままではお前は殺されることになってる。鬼なら簡単に抵抗できるのに、なぜそれをしない?」


 情が沸いたわけではない。やはり鬼なのにわざと拘束されえるラピスが信じられず、もう一度聞いていた。


「そうね。興味がなくなったのよ。戦うことに」


 とラピスは壁に凭れると、右手を天井にかざし、手の平を眺めた。鬼の鋭い爪がきらりと光る。


「鬼が闘争本能を失えば、存在意義はなくなったと私は考えてる。だから、この先に意味はないのよ」

「だから、殺されてもいいと?」


 冷淡にこぼれた問いに、ラピスは白い歯を見せて嘲笑する。彼女の決断に手を強く握りしめてしまう。


「逃げるのか?」

「――ん?」

「逃げるのかって言ってんだ。子供に会えないからって絶望し、諦め、ここから出ようとしない。僕には逃げてるようにしか見えない」


 これまで鬼に対して恐怖はあった。だがその一方、恐れられる姿には揺るがない孤高の強さがあって、どこか憧れみたいなものも少なからずあった。

 ラピスにはそんな強さが見えず、つい言葉に棘が混じり、責めてしまっていた。

 僕の叱責を甘んじて受け入れているのか、ラピスは黙る。

 ややあって、視線が上がると、身を切るような冷徹な声が胸を貫いた。


「舐めるなよ、人間」


 鬼は怖い存在。

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