第5章 2 ―― バカにしているのかっ ――
第五十九話目。
嫌な予感しかない。
2
月明かりに照らされたのはランス。冷徹な眼差しが光ると、突如姿が消えた。
「――っ」
反射的に抜刀して振り上げた。動きに反して大きな重力がのしかかる。
腕に力を込めえると、遅れて金属音が鳴り響く。
視線を上げると、振り上げた剣の先に、鬼の形相で剣を振りかざすランス。
「なんのつもりだ、ランスッ」
のしかかる剣を振り払い叫ぶ。
反動に逆らわず、後ろに体を回転させて床に着地するランス。それはバネみたいに俊敏に。
「なんでいきなりこんなことをっ」
剣を構え直し問いただすけど、ランスは膝を曲げて屈み、左手を床に着け、右手の剣を真横に構える。
独特な構え方に背筋が凍る。
計り知れない殺気がヒシヒシと肌を突き刺す。動くこともはばかれる威圧感に、喉の奥が痛い。
ライド? 別人? 何がだよ。そんな独特な奴、どれだ――
文句をこぼす間もなく、ランスは踏み込んでくる。
何度も刃がぶつかる金属音が鳴り響く。激しさを増す斬撃に、受け流すことが精一杯。じりじりと後ろに追い詰められていく。
その間もランスは無表情で睨むだけ。
まったく動揺はない。僕の方が焦りで汗が噴き出そうだ。
よく見れば、ランスの剣は刃こぼれを起こしている。
こいつ自身の剣じゃないはず。
まさか、庭にあった剣を……。
劣悪な剣で攻められているのに、その差はまったくないことに嫌気が差しそうだ。
「そんなに俺をバカにしたいのかっ」
正面から刃がぶつかったとき、ようやくランスが口を開く。
「はあっ。何言ってんだよっ。僕はただ、この屋敷が気になったから、様子を見に来ただけだっ」
鍔迫り合いを繰り返しながら叫ぶが、ランスの襲撃は鎮まらない。
「ただの偶然だ。けど、確かにお前のことは気になっているのは本当だ。お前が鬼に負けたって聞いて。それでっ」
刹那、より力を込めて剣を振り払われた。胸元がガラ空きになってしまう。
しまった、と奥歯を噛んだとき、ランスは後ろに下がった。
「それがムカつくんだよっ。お前は俺をバカにするために来たんだろっ」
「違うっ。ってか、やっぱりお前、ランスだろっ。だったら、なんで嘘なんかついたっ」
「なんの事情も知らないで、勝手なことを言うなっ」
ランスの怒鳴り合うなか、多少の安堵感があった。本当にこいつはランス本人であるのだと。
「違うっ。僕は本当に心配だったんだ。お前が僕に怒っているのはわかってる。僕は裏切り者だから。だけど、心配だったのは本当だっ」
「黙れっ」
「僕はラピスとの約束を優先して、町を捨てた。だから、ランスに恨まれても仕方がない。でも、気になった。会いたかったんだっ」
ラピスとの約束のため、僕は町を捨てた。ランスとともに守っていた町を。だからこそ、胸が痛んでしまう。
「うるさいっ。バカにしているんだろ、俺をっ」
「だから何がだっ」
なんなんだ、まったく。




