第5章 1 ―― 広間 ――
第五十八話目。
屋敷跡。
第5章
1
雲一つない夜空に、三日月が淡い光を街の家を照らしているなか、足はあの屋敷跡に向かっていた。
無数の剣を眺めていると、胸に込み上げるものがあった。
恐怖からではない。それでも、足元から込み上げる震えを無下にはできない。
昼間は奇妙な抑止力が働き、引き下がったけれど、今はそうではない。屋敷のなかに侵入していた。
表の惨状から室内も荒れていると想像していたけれど、やはり屋敷内も荒れていた。
壁は剥がれ、鉄骨が剥き出しになり、天井が崩れて散々で、前の住民の荷物だろうかが散乱し、無残な光景が広がっている。
窓ガラスも割れて、月明かりが直接通路の半分まで照らしていた。
そのせいか、幾分屋敷内は明るく、視界に困ることもなく足を進めることはできた。
静寂した通路に甲高い音を立てていると、不意に足が止まる。眼前に大きな金属で装飾された扉が出迎えた。
装飾品が錆び、木の部分も所々朽ちて捲れる扉をゆっくり開いた。
ギリリと軋んだ音を響かせ開く扉。その内部に踏み込むと、またしても足は止まる。
扉の奥は広間となり、足元から奥に赤い絨毯が伸び、奥の壁際にある一脚の椅子が存在感を示している。
部屋の片面がガラス張りとなり、月明かりが鮮明に射し込んでおり、より椅子の存在を際立たせていた。
引き込まれるように進むと、椅子のそばに辿り着く。
歩が止まるのと同時に、目を剥いてしまう。
「なんだ、これ。血?」
椅子は座面から背凭れにかけて、赤い布で精製され、背凭れの淵はこちらも綺麗な装飾品で飾られている。
あたかもこの地の権力者が座っていたのを彷彿させるけれど、椅子は異質さを放っている。
座面の生地は裂け、綿が剥き出しになっており、背凭れから黒い染みがみっしりとついていた。
それが血の痕であり、時間の経過により黒くなっているのは一目瞭然になっていた。
ランスの話では、ここで以前、鬼との争いが起きていたと言っていた。その戦闘が激しかった場所がここだったのだろうと察した。
ふと広間を見渡した。
よく観察すれば、窓のガラスの一部が割れ、床に欠片が散らかっており、壁も至るところが崩れている。
また、あちらこちらに黒い染みが飛び散っている。おそらくそれらすべて血が飛んだ痕なのだろう。
とんでもない惨劇が繰り広げられたのが容易に想像できた。
「なんなんだよ。なんでこんな戦いが起きなきゃいけないんだ……」
誰にでもない文句が留まらず、怒りから拳を握り締めていた。
怒りを何かにぶつけたいのだけれど、やり場のない怒りが堪えられず、椅子の背凭れに手を触れてしまう。
「――っ」
冷たい背凭れに触れたとき、意識が飛んでしまった。
急激に目眩が起きてしまい、倒れそうなのを必死で堪えた。一瞬の出来事であったけれど、心臓が激しく脈打っている。
意味のわからない動揺を、胸に手を当てて無理矢理鎮めた。
なんだったんだ、今の?
突然の出来事に困惑し、額を押さえてしまう。
しばらく黙ったあと、ゆっくりと剣に手を触れ、足に力を入れた。
「――なんの用だ?」
誰かが後をつけているのは気づいていた。微かな殺気が漏れていたので。
それでも気配はほとんどない。かなりの手練れだな。
意識を集中させて振り向いた。警戒は怠らず、剣に手を添えたままで。
広間の入口からゆっくりと人が入ってくる。影が月明かりに照らされていき、次第に輪郭を帯びていく。
「……ランス?」
血。




