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縁鬼乱舞  作者: ひろゆき
5/101

第1章 3  ――  面白い  ――

 第五話目。

 昔のこと。

        

           3

 


 それは数年前の出来事。

 町の外れの山奥にできた洞窟。空洞を利用して作られた牢獄。その最深部に厳重に隔離された牢獄の前に、僕はいた。

 鬼と対峙して。

 岩肌を削られ作られた壁に、足を崩して座る女の鬼と、格子状に組まれた木柵を隔てて。

 鬼の力は人間の数倍の威力があると聞いていた。細い鉄柵ならば簡単に折り、壁を殴ればヒビが走るほどにめり込む力があると。

 それは例え女であっても例外はない、と。

 だからこそ、人々は鬼を恐れていた。

 それなのに、眼前に捕らえられた女の鬼を囲う牢屋は人用のものであり、鬼ならば簡単に壊せそうなのだけど、鬼は静かに座っていた。

 通路には灯りの松明が等間隔で設置されており、淡い光が鬼の姿をぼんやりと浮かび上がらせている。

 一目見ただけでは、鬼であるのは疑いたくなるほど、落ち着きを払う普通の女。自分の歳と変わらない姿であった。

 訝しげに鬼を眺めていると、鬼は静かに顔を上げる。長い髪は耳元を覆い、より小顔にさせ、丸く小さな目、丸みのある頬。

 唇を噛む姿は小柄な子供みたいに唇を噛む。

 こちらの警戒心を嘲笑うみたいに口角を上げるのは、屈託ない笑みに見えてしまう。

 心を惹き込まれそうななか、腰に下げた剣の鞘を強く握り、心を律した。


「お前、面白いな。我を見て恐れを抱かないとは」

「いや、怖くないわけないだろ。今でも震えが止まりそうにない」


 胸の前で左の拳を握り、全身の震えを必死に堪えていた。集中しなければ、声まで震えそうだ。


「それでも、僕はお前が不思議で仕方がないんだ」

「我が?」


 鬼が首を傾げる姿は、やはり子供が不思議がっているとしか見えない。


「お前はなぜ、この牢屋から逃げないんだ?」


 鬼に抱く疑念を素直にぶつけると、鬼は唖然としたあと、フッと鼻で笑う。


「だってそうだろ。鬼にとってはこんな木柵、簡単に潰せるし、手枷も付けていないんだ。それなのになんで逃げないんだ?」

「何? 我を逃がしたいの?」

「いや、そうじゃなくて……」


 拍子抜けしたように、鬼は壁に凭れ、おかしさに口元を手で覆った。


「ほかの町の者はみな我に恐れ、早く命を奪う算段を画策しているようだが、お前は我を殺そうとしない。殺気みたいなものを感じない」


 それまで屈託ない笑みは消え、冷淡な眼差しに変貌していた。


「言っただろ。反抗しないお前を殺す気になれないんだ」


 なんでだろう…… 言葉を数回交わしただけなのに、恐怖が薄れていた。いや、髪を掻き上げる鬼からも殺気はなくなっていた。

 それは対面したときからずっと。


「やはりお前は面白いな、人間。名はなんと言う?」


 右の髪を掻き上げながら問う鬼。真意は掴めないけれど、不穏な企みは感じられない。


「……ユラ」

「……ユラ。そうか。素直に教えてくれるか。ユラよ、やはりお前は無垢な人間なのだな」


 と、鬼は手を下し、指の腹を擦る。


「そうか。ならば、我も答えなければな。我はラピスという」

「――えっ?」


 唐突に己の名を告げる鬼に驚き、間の抜けた声を漏らすと、鞘に触れていた手を離れていた。

 完全に無防備な体勢なったのを鬼、ラピスは嬉しそうに笑う。

 ややあって、ラピスはおもむろに殺風景な天井を眺めた。


「我を恐れないのならば、その褒美を与えてもいいわね」

「褒美?」

「そう。なぜ我が逃げないのかを教えてやろう」

「……なぜ? なぜなんだ?」

「そうだな。無意味になってなってしまったんだ。鬼同士の争いに」

「はあ? いや待て。鬼は争うのが本能じゃないのか?」


 鬼に対する知識は多少なりとも持っていた。だからこそ、本能を否定したラピスに声が上擦ってしまう。


「ああ。我には戦うよりも重要なものが生まれた。だが、今の我には叶いそうにもなくてな。だからこそ、もう……」

「突き動かす気力を失ったとでも?」

「そうだな。そうかもしれない」


 言葉を噛み殺すように話すラピスは、嘲笑しつつ頭を抱え、うつむいてしまう。


「本能を失ってまでの目的って……」


 ラピスの言動がまだ受け入れられず、細々と呟いてしまう。すると、ゆっくりとラピスは顔を上げると、まっすぐな眼差しに息を呑まずにはいられなかった。


「我は…… 私は娘に会いたいのよ」


 鬼が出ました。

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