第4章 3 ―― 気生臭い話 ――
第四十七話目。
ジュスト。
3
ジュストと呼ばれる街に辿り着いたのは翌日。
白いレンガ造りの家が立ち並び、赤い屋根が特徴的な街であった。
石畳の通りには、屋台が出て活気が溢れ、人々に笑顔が咲いていた。
建物は整然として綺麗で、鬼からの被害を受けたことがなさそうな、安全な街に見えた。
街の奥に小高い丘があり、そこにも何か建物が見えた。
本当にここにランスが?
戦闘からは無縁な街並みに、多少の疑念が浮かぶ。頭をつい掻かずにはいかない。
「ね、ユラ。ほら、なんか美味しそうなのが売ってるよ」
僕の緊張とは裏腹にアカネの歓声が沸き、肩を揺らされると、奥にあった屋台を指差した。
ったく。観光に来たわけじゃないんだけどな。
ま、僕と目的は違うわけだし仕方がないか。
僕の反応が薄いせいか、アカネは無視し、屋台へと駆けてしまう。
まったく。子供かよ。
昨日、冷静に修羅との闘いを高説していたのが嘘みたいに幼いのだから、信じ難い。
本当にコロコロと機嫌が変わるようだ。
今は今日の空みたいに晴れ晴れとしている。空も昨日が嘘みたいに清々しく青い。
好奇心に任せて動くアカネ。
たまらず進むと、また1つ疑念が生まれてしまう。
怯えがまったく感じられない。
昨日、異様な曇天は街の近くで起きた。少なからず、ここにも影響は出ていたはずだ。
鬼の気配はないけれど、この異変に多少は怯えてもいいはずなのに。
まあ、僕も人の感情に敏感ではないのだけれど、平然すぎる住民らに首を傾げたくなる。
不安すらも微塵にないほど、街が穏やかなのかもしれないけれど、微かにある疑念は新たに芽生えた違和感に目を奪われ、足を止めて眉をひそめてしまう。
街の中心にある広場に出たところ。
石畳が円を描くようにして広がる中心に、一本の大木が設置されていた。
自然に生えたものではなく、整理され、設置された人工的なものであり、2メートルはある大木は、整備された街には不釣り合いに見えた。
大木には楔が数か所埋められており、どうも意味があっての存在に見えた。
そばに立ってじっと眺めていると、不可解なことに顎を擦ってしまう。
「何これ? なんかの祭りに使うの?」
後ろから追いついたアカネが首を伸ばした。
手には屋台で買ったのか、小さなかごにドーナツが入っており、口に運んでいる。
「祭りにしては、どうも物々しくないか?」
アカネの食欲は無視して、率直なことがこぼれた。
「ねえ、なんなの、これ?」
友好的というか、社交的というべきか、アカネは近くで花を売っていた年配の女に気さくに声をかけた。
白い手袋をした年配の女は、花を買ってもらえるのか、と満面の笑みを献上してくれたけれど、すぐに頬を歪める。
「ああ。これはそんなに楽しいものじゃないわよ。罪人を晒すものだからね」
「罪人を晒す?」
どうも、気生臭い話に首を傾げてしまう。
「そう。こんな街でも、悪いことをする人がいてね。そういう人を捕まえると、そこで拘束しているのよ」
街の裏側を晒された、と表情を曇らせる女。
それでも違和感を拭えず、街を見渡してしまう。やはりそうした犯罪とは無縁に見えるほどに、活気に溢れている。
「なんか知りたくなかったね。これだけ明るい街にそんなものがあるなんて」
「う~ん。それだけ見えない部分がどこにでもあるってことだろうね」
ドーナツを食べながら不思議がるアカネに、憶測ではあるけれど、可能性を述べると、ドーナツをまた口に運んだ。
「あ、じゃあ、おばちゃん。この街にさ、〝ランス〟って人、いない?」
こいつは。
こっちの気持ちを少しは察してくれ。と怒りたくなるほど、唐突にアカネは女に尋ねた。
まだ街がどんなところかわからないのに、まったく……。
とはいえ助かった。
いずれはどこかでランスのことを尋ねなければいけない、と身構えていたので、安堵してしまう。
「ランス?」
期待は思わず高まってしまうけれど、女の反応の薄さに息を呑まずにはいられない。
簡単にはいかないか。
「そう、ランス。なんかさ、鬼を討伐するのに、この街に滞在していたって聞いたんだけど、知らない?」
おいおい。だから少しは僕にも話してから進めてくれっての。
どんどん突き進もうとするアカネに、もう抵抗する気力すら失っていく。
女は少し考えたあと、
「だったら、酒場に行ってみたらどうだい。そこならいろんな人がいるんじゃないかな」
酒場か。情報を得るにはいい場所だよな。
「酒場か。ちょうどご飯を食べるにもいいね」
ご飯って、今食べてんのはなんなんだよ。
とは口が裂けても言えない雰囲気である。口を滑らせれば、どれだけ騒がれるか。
口をしっかりと閉じ、女に会釈して酒場に向かうことにした。
酒場に向かう途中も、アカネは住民らに声をかけていた。そこまですると悪目立ちするだろうと、うつむきたくなった。
「あ、ここね」
アカネが酒場の看板を見つけ、声を弾ませる。
少しはランスに対して情報が入ればいいのだけれど。
「おい、そこの2人」
急に声をかけられ、アカネと顔を見合わせた。
振り返ると、道の真ん中で甲冑を身に纏った物々しい姿の男が3人立っていた。
今にも戦闘になってもいとわない、という空気を醸し出していた。
ここにランスは。




