第4章 2 ―― 兵 ――
第四十六話目。
空が暗い。
2
重たく垂れ込む雲は、時間が経っても流れることはなかった。
しばらく歩いていたけれど、ずっと暗い道が続いているだけ。
昼をすぎ、まだ陽が落ちる時間ではなくても、夜と見間違うほどに辺りはまだ暗く、どこか肌寒くもある。
少し休憩と、焚き火をして休みながら、曇天を眺めてしまう。
「……まだ戦いは続いているのか、これ?」
焚き火の前に胡坐を組んで座り、ふと聞いた。薪をくべながらアカネは「多分ね」と頷いた。
「でも、普通の曇り空と何が違うんだ?」
素っ気ない疑問をつい聞いていた。
「ほら、さっきまで晴れていたのに、一気に暗くなったでしょ。それに風がまったく吹いていない。それが特徴だって、私は聞いた」
視線を落とすと、雑草や花が揺れることはない。気味が悪いほどに無風であった。
「じゃあ、戦いが終わるまでは晴れることはないってことか」
「恐らくね。夜まで続くとなれば、月や星もまったく見えなくなるみたいよ」
「けど、こんな状況、僕は初めてなんだけど」
「でしょうね。修羅に挑む鬼も滅多にいないみたいだし」
そっか、と聞きながら感心してしまう。すらすらとこの状況を話すアカネに。
鬼が襲ってくることはない、と理解しながらも、肌には微かに気配を感じて落ち着かない。アカネはそんな素振りはなく、平然としている。
本当に鬼がいない、と確信をしている。
「なら、まだ戦いは続いているってことか」
「多分ね。でも1つ言えるのは、まだ修羅は負けてないってことね」
「――? なんでそんなことがわかるんだ?」
うん、と頷いたアカネは不意に何かを投げてきた。咄嗟に受け取ると、旅の途中で手に入れていた果実である。
アカネは嬉しそうに一口頬張る。
「修羅が負けたときだけ、「白雷」っていう白い雷が降るらしいわ。それも雨が降るみたいに無数の雷がね」
「修羅が負けたとき? じゃあ、まだ戦っているってことか」
果実を頬張りながら話すアカネ。やはり平然と甘さを楽しんでいた。釣られて食べてみると、うん、甘いな。
ということは、普通の鬼が負けても、何も起きないってことか。
納得していたところで、手が止まった。
「けど、僕はこんな状況、今までに遭遇したことはないぞ」
「まあ、そうでしょうね。頻繁に修羅に挑む鬼はいないらしいし。もしかすれば、夜に挑んでいたとか、変化に気づかなかったって可能性もあるからね」
「修羅に鬼が挑まない? でも、それが鬼の闘争本能じゃないのか?」
「普通の鬼同士ならね。でも修羅は別。簡単には挑まないのよ」
「それほどまでに修羅の力は偉大であって、鬼も委縮するってことか」
果実をかじりながら苦笑してしまう。自分が修羅に対峙した際、平然としていられるか自信はない。
僕の不安を察したのか、アカネは嬉しそうに笑う。まったく。バカにしてるのか、警告してんのか。
「だから、修羅を挑もうとする者を〝兵〟と呼ぶらしいわ」
「……つわもの?」
初耳だったので、つい眉をひそめてしまう。
「そう。修羅に挑む無謀な鬼をそう呼ぶみたい。それなりの力を持っているらしいからね。そして、勝てば修羅は入れ替わることになるみたいだし」
「……兵。じゃあ、そいつも修羅と同等の力を持っているってことか」
まったく。厄介な種族だな。鬼って奴は…… にしても。
怪訝にアカネを見ると、こちらの視線に気づいたのか、アカネは不敵に目を細める。
「なんで、お前はそこまで知ってるんだよ。普通なら知らないことばっかりだぞ」
「ね。私って博識でしょ」
ふざけてピースサインを作るアカネ。場違いな明るさでふざけた。
「なんてね。冗談。言ったでしょ、昔に聞いたって。おばあちゃんが詳しかったのよ。それでいろいろと聞いたの」
それまでふざけていたのが一変し、真剣な面持ちになるアカネ。
「でも、町でも鬼と関りの深い町もあるらしいから、結構浸透した話らしいわよ、これって」
あっけらかんと話すアカネに、呆気に取られた。まったく知らなかった。
呆然としていると、アカネは嬉しそうに焚き火に薪をくべる。
「それだけユラが安全なところで暮らしていたってことよ。よかったじゃん」
兵がいる。




