第4章 1 ―― 曇天 ――
第四十五話目。
新たな旅立ち、と。
第4章
1
翌日の朝。
まだ陽が完全に登りきる前に、カーポを出ることにした。
もちろん見送りはなく、寂しい旅立ちだったのかもしれない。
ま、別に明るい旅立ちを望んでいたわけでもないので、気にはならなかったけれど。
「ねえ、なんで逃げるようにカーポを出ちゃったのよ。悪いことなんてしていないんだから、堂々としていればいいのに」
ただ、静かな旅立ちになったわけではなかった。
早朝、動き出した住人らを通り抜け、入り口に差しかかったときである。アカネが悠然と待ち構えていた。
―― 早すぎんのよ、何してんのよ。
と、いきなり罵声を浴びせられたあと、ずっと後ろについて、時折素直に現状を嘆き、いや、退屈な道のりに飽きて僕に八つ当たりを繰り返していたのである。
そうした旅路が丸1日続いたとき、アカネは文句を爆発させたのである。
「ねえ、その剣、やっぱり持って行くの?」
静かな草原を先回りし、行く手を塞いだアカネは布で巻き、背負っていた物を指した。
ネグロが置き去りにした剣。
ランスの剣を回収し、それを同行していた。
あいつに返すために。
「僕はあいつが死んでいるなんて、信じられないから」
「そりゃそうよね。すぐに信じられるわけないし。いいんじゃない、それで」
また冗談を言われているんだ、と身構えていると、意外にも納得してくれたアカネ。
無視して進もうとしていたところで拍子抜けしてしまい、足が止まった。
「――何?」
それに気づいたアカネは、訝しげに眉間にシワを寄せた。
「いや、もっと責められるかと思ったから」
「あのね。私だって、そんなに薄情じゃないわよ」
呆気に取られたのは僕の方なのだけど、反応が気に入らなかったのか、アカネは拗ねたのか腕を組む。
「なんなの、私はこれだけ感――」
アカネの説教が始まろうとしていると、咄嗟に腰の剣に手を添え、身を屈めた。
怒鳴る準備をしていたのか、面喰った様子で口を尖らせる。
また駄々をこねそうなアカネをよそに、辺りに意識を集中させ――
「――なんだっ」
一瞬、集中が途切れ、広大な空を無意識に眺めてしまった。
空は重苦しい黒い雲が遠く垂れ込んでいる。今にも豪雨が襲いそうな曇天が。
いや、そんなことより。
「さっきまで晴れていたよな。それに」
一気に気配が強まっていた。肌を突き刺す異様なまでの威圧感。これは。
「鬼の気配でも感じた?」
僕の視線と反応を察したアカネが呟くと、ふと同じく空を眺める。眉をひそめてはいるけれど、僕ほど焦る態度はなく、悠然としていた。
怖くないのか? それとも鈍感なのか? それにしても。
また空を眺めてしまう。やはり急に曇ってしまった空が腑に落ちず、空を睨んでしまう。
「大丈夫よ。この感じ、近くに鬼がいるわけじゃなさそうだから」
腰に手を当て、得意げに空を見上げるアカネ。まったく警戒心を放たない姿に、こちらも警戒を解き、剣から手を放した。
「気づいてたのか。それよりこの空、さっきまで晴れていたよな」
つい鬼のことを忘れ、空に注目してしまう。
「うん、そうだね。急に暗くなった」
よく見れば辺りの陽が遮断され、より一層暗くなっていた。
「それよか、鬼が近くにいないってどういうこと?」
ふとアカネは顔の横で右手の人差し指を空に立てた。
「これが原因ね、きっと」
「この空って、急に暗くなったのが関係あるのかよ?」
意図がわからないでいると、アカネの表情が険しくなる。
「鬼が戦っているのよ」
「鬼がって、それは何度もあったけど、これだけ暗くなったことなんてなかったぞ」
どうも違和感が拭えない。こんなことはなかったはずなのに。
「鬼同士が戦っているのよ。それも特別な戦い。きっと鬼が〝修羅〟に挑んだんだと思う」
「修羅って、鬼の頂点の存在だろ。それに鬼がって。それで特別な戦いなのか?」
まだ信じられず、声が上擦りそうになる。それに……。
「なんで、アカネはそんなこと知っているんだ?」
「あ、うん。昔に聞いたことがあったんだ」
空を眺めるアカネ。どこか遠くを眺めている。
どこかで鬼が戦っている。それも〝修羅〟と。
頂の戦いとでも言うのか。
多少ではあるけれど、興味は深まってしまう。
修羅の戦い。




