第3章 13 ―― 詭弁 ――
第四十四話目。
旅は1人でいい。
13
正直、面倒だな。
できれば1人で旅するつもりだったんだけど。
一緒に、と断言するアカネに揺るがない、いや、逆らえない雰囲気を醸し出されてしまっている。
ここで逆らえば、怒号の嵐となりそうで怖い。
「なぜですっ」
アカネの無言の圧力に屈してしまいそうなとき、ボルガの強い口調が2人の間に割り込んでくる。
渋々、アカネを受け入れようとしたが、ボルガに意識が向いてしまう。ボルガは強い口調ではあったけれど、呆然と天井を見据えている。
聞き間違いだったか、と思っていると、すっとこちらに顔を向けた。
「あなたは鬼に対して、対等に戦える。その力は貴重なんです。私らはあなたを必要としている。私と一緒に」
「またそれか。だから、それには興味がないって言ってるだろ」
また勧誘。呆れて溜め息がこぼれそうだ。
「あんた、まだそんなこと言ってるの」
話を制したのはアカネ。ボルガを睨んで声を荒げる。
「あんた、ズルいわよ。そうやって強い人を集めて、自分は手を出さないなんて」
以前にボルガが自身の考えに反感を抱いたアカネは責めるけれど、ボルガは気にも留めなかった。
ボルガはまた天井を眺め、
「私は別に恥じてなんていない。それが人のため、町のためになるのなら、いくらでも私は強い戦士を捜します」
「よく言うわよ。私が一緒に旅してから、誰1人、強い戦士なんて見つけられなかったくせに」
よほど気に入らないのか、アカネは感情を露にする。そこで、またしてもボルガは僕を睨んだ。今度はどこか僕を責めているみたいに冷めた目で。
「だからこそ、あなたは必要なんです。それなのに、なぜわかってくれないんですかっ」
「別にただ、僕は争いを広げたくないだけだよ」
そうだ、別に戦いを望んでなんていない。
「それは詭弁です」
まっすぐ言い切るけれど、真っ向からボルガに否定される。物々しい雰囲気を漂わせて。
恨みすら放つ黒い眼差しに、こちらも真っ向から睨み合った。
「かもしれない。でも、僕の気持ちは変わらない」
「あなたのような力を持つ者には、必ず鬼は集まってくる。私はそう考えています。そうなれば、あなたが無関心であっても、少なからず誰かに関わっていきますよ。現に、あなたは何人もの鬼と出会い、倒しているのだから」
「だろうね」
「はっきり言います。あなたは求められていない」
強い口調で断言するボルガに、つい嘲笑してしまう。確かにそうなんだろうな、と。
「ちょ、あんたね。いい加減にしなさいよ。自分に従わないからって、情けなさすぎるわよ」
勢いに任せ、怒鳴るアカネ。そのまま責めかかろうとする姿勢のアカネを手で制した。
「それでも僕は構わない」
それだけは譲れず、真っ向から対抗した。
絶対に行かなければいけないんだ。
病院を出ると、陽は沈みかけ、空の奥にオレンジ色に漆黒の闇がゆっくりと侵食していた。
急ぎたい思いを、どうも邪魔されているようで、黒い空を睨んで唸るしかなかった。
出れるのは明日か。
「ちょっと、ユラ」
頭を掻き、宿屋に戻ろうとすると、後ろからアカネに呼び止められて振り返った。
「なんであんた、あそこで言い返さなかったのよっ」
開口一番叱咤され、苦笑して頬を掻いてしまう。
「少しは言い返したっていいじゃん。あいつはちょっと言いすぎなんだから」
まだ怒りは治まっていないらしく、一気に捲し立てるアカネ。どうも僕が責められているな。
「ほんと、ごめん。あいつがあんなに勝手な奴なんて思わなかった。昔はもっと融通の利く奴だったのに……」
悔しそうにうつむくアカネを横に、病院の建物を眺めた。
「ま、あいつもそれなりの事情があるんだろう、きっと」
憶測にアカネの溜め息が重なる。
「あんた、バカなんじゃない。責められてんのよ」
「そうだな」
「辛くない? ボルガが言ったことを認めるんだったら」
それまで感情を爆発させていたのに、急に弱々しく聞いてきた。
「それは覚悟の上だからね」
後悔はしていない。屈託なく笑った。
勧誘はいらない。




