第3章 10 ―― 倒すべき存在 ――
第四十一話目。
情けない。
10
情けないな、意識を失うなんて。
意識を戻した翌日の夜。静寂が町を支配しているなかで、1人彷徨っていた。
アカネの話はやはりどこか信じ切れず、外灯が照らす下で手の平を眺めた。
力? 本当なのか?
手の平をギュッと握り締め、不安をごまかした。
張り詰める空気のなかに、大きな溜め息をこぼす。不意に町の奥を見据えてしまう。
ふと、ネグロが置き去りにした鬼の遺体が気がかりになり、入り口付近へと足が進んでいく。
数日前、驚愕と好奇心から人だかりになっていた入り口付近に、人影はなかった。
閑散とし、何もない石畳の上を風が走るだけ。
視線を上げると、町の外が漆黒の闇と化し、大きく誘っているみたいで不気味であった。
鬼はちゃんと埋葬されたのだろうか?
暗闇のなかに吸い込まれそうで、数歩進んだところでそんなことを考え、足が止まった。
鬼は倒すべき存在なのか。
沸き上がる疑問に胸がざわめいたときである。急に背中に悪寒が走り、何かが当たる感触があった。
何か刃物が突きつけられている。と直感したのと同時に、後悔する。
気づけなかった、と。
それだけ体が鈍っているのか。
誰かが背中にいるのはわかる。視線を泳がせながらも何もできず、立ち竦んでしまう。
今は剣も持っていない。
「……誰だ?」
気の緩みを後悔しながら聞いた。
「お前は本当に憎い奴だな」
聞き覚えのある声に奥歯を噛む。
「お前、ロアールか?」
「ふん、覚えていたか」
訝しげに言う声は以前、渓谷で対峙した男だと直感した。
「何か用か?」
夜の時間に誰もいないなかで僕を狙ってくる。何か企みがあるとしか考えられない。
「なぜ、お前は鬼を倒そうとする」
「なんのことだ」
「とぼけるな。お前はネグロを追い返しただろ」
「見ていたのか……?」
「俺はあの鬼に憧れていた。それなのになぜっ」
声を張り上げるロアール。どこか怒りや憎しみに声が震えている。
そういえば、こいつは鬼に憧れていたな。だから怒っているのか。
「あいつは襲ってきた。だから抵抗したしただけだ」
ここで引き下がってしまえば、自分を否定してしまいそうで、強く言い切った。
「悔しい。鬼を罵倒するお前を殺したい。けど……」
いつしか、ロアールの声が詰まると、背中に当てていた刃物らしき物体の感触が消えた。
そこで振り返った。
やはり闇のなかに佇むロアール。
これまでの声の覇気とは裏腹に、表情は浮かない。
手にしていたのは剣。今まで背中に当てていた剣を下げている。以前に遭遇した際の危うさがどこか消えており、僕と顔を合わそうとしない。
「僕はあの鬼に太刀打ちできなかった。いや、僕たちは…… それなのに、お前はあいつと対等に戦った。なぜ、あいつを倒すことができるのに…… なぜ、逃がした」
どこか口調が変わり、矛先が変わった気がする。
「お前、あの鬼に憧れていたんじゃないのか?」
ロアールの態度に問いてみると、
「憧れているさ。憧れているから、いつか自分が倒したいと思っていたんだ。それなのにお前は…… 簡単に……」
「そんなに憎いか、僕が」
どのような理由かわからないが、僕に対しての怒りは変わりそうにない。
「ああ、憎いさ。なんのために僕はあいつに挑んだと思うんだ。お前の強さは俺ら普通の戦士をバカにしている」
そうか、こいつは以前、数人で……。
「そういえばお前、ランスっていう戦士を知っているか?」
「ランス……」
ネグロが持っていた剣。その本来の持ち主を僕は知っている。
奴と戦ったことがあるのなら、と微かな期待を抱き、聞いていた。
名前を聞いたとき、ロアールの顔つきが変わった。
鋭い眼光で、
「ああ、知っている」
知ってる?




