第1章 2 ―― 鬼に会えば ――
第四話目。
まだまだ序盤です。
2
言ってしまった。
軽率でしかなかったな。
軽はずみな言動のより、後悔が胸に竦んでしまうけれど、止められなかった。
重苦しさに唇を強く噛んでいると、気持ちが侵食してしまったのか、空気がいつしか張り詰めていく。
気のせいか、酒を飲んでいた小太りの男も酔いが冷めたらしく、顔から血の気が引いていき、瞬きを忘れていた。
当然だよな。いくら鬼から逃れているとはいえ、危険がないわけじゃないし。
冷酷にも感じる視線を甘んじて受け入れるしかない。
「じゃあ、君は鬼に会えば倒すのかい?」
客の1人が目尻を吊る上げ、冷ややかに聞いてくると、視線は訝しげに足元の剣を睨んでいる。
「時と場合によっては」
これまで友好的だったはずなのに、完全に風向きが変わった、と肌がひりついた。けれど、嘘をつくつもりもない。窓から入る風が刃みたく冷たく刺さるなか、店内を眺め、強く言い切った。
当然、怖がるよな。鬼を敵として捉えるなんて。
それでも、これだけは譲れない。
「じゃあ、聞くけど、君は鬼を倒したことがあるのかい?」
それまでは僕みたいなよそ者も、快く受け入れてくれる様子であったのに、鬼を身近に感じたのか、より警戒心を強めたのだろう。
期待はするけれど、どうも急に居心地が悪くなり、肌がひりついてしまう。
「どうなんだい?」
さらに詰めてくる店主であったけれど、声はより刺々しくなり、訝しげに眉をひそめる姿は、責められているみたいだ。
ったく、やっぱり面倒になりそうだな。
「だから時と場合によって、ですよ」
責められた反動からか、つい口調は強く、ぞんざいに返してしまった。
これで完全に嫌われそうだ。
逃げるように店を出たのは、店内に充満していく肌寒い空気が居心地悪あったから。
ここで問題を起こしたって意味がないのだから。
居心地が悪い町に長居するつもりはない。けれど、店を出てそのまま町を後にしなかったのは、住人に鬼の恐怖が根づいていたからかもしれない。
それに……。
森で遭遇した鬼。あいつはきっと人を殺したことがあるだろう。
その被害が町に陥っていないか、もう少しだけ調べてみたかった。
それでも、いつかからかすれ違う住民の視線が冷たくなっている。
僕から目を逸らす雑貨店の老婆。すれ違った際に足を止めて振り返る男。そもそも、僕に関わらないようにと、不自然な避け方をする住民が多くみられた。
小さな町。飲み屋での出来事はすぐに広まったのだろう。
ま、それでも逃げてしまうわけにもいかないか……。
―― ……人間、なぜお前は我にそこまで寛容なのだ?
―― ……お前を殺すことがどうしても納得できない。
あのとき、奴は僕を珍しがり、目を細めていた。
背中まで伸びたしなやかで光沢な黒髪を撫でて。耳を撫でる細い指は、爪の刃のごとく鋭く光っている。
それでも、僕は微塵の恐怖も抱かなかった。
初めて眼前に捉えた女の鬼に。
ーー 人間、お前はどうも面白い。
登場人物が少ないかな。