第3章 8 ―― ボロボロ ――
第三十九話目。
ふざけるなよ。
8
ネグロの咆哮はしばらく続いた。
草原を揺らし、空気を震わせる叫びにアカネが耳を塞ぎ、眉間を歪める。
鼓膜を破りそうな奇声であっても、僕は気にせずネグロを睨む。
ネグロは口を大きく開き、体をのけ反らして悶えている。
まだ何も聞いていない。聞き出してやる。
「ふざけるなっ」
留まることのない血を右手で押さえながら、ネグロは怒鳴りつける。
うるさい。そんなことは関係ない。
迷わず剣を振り下げる。
ふざけるな。何も話さないくせに、怒鳴るなっ。
感情の赴くままに動き、刃を振り下ろしたとき、刃は地面にめり込む。
そこにネグロはいない。
視線を上げると、少し離れた先に左肩を押さえ、身構えるネグロの姿。遺恨に満ちた禍々しい眼差しをぶつけて。
口元が動いたが、何を言っているのかは聞こえない。それでもそんなことは関係ない。
すぐさま飛びかかろうとしたとき、なぜか一歩遅れてしまう。
迷いから遅れたとき、忽然とネグロの姿が消えた。
風が吹いた微かな合間に、ネグロは消えた。
そんな消えた? 逃げた? 逃がす――
「――っ」
すぐさま追いかけようとしたとき、急激に全身から力が抜けてしまった。
なんだ、あれ?
動くことができず、その場にしゃがみ込んでしまう。
なぜだか体が重たい。
息が上がって苦しい。
確かに激しい戦いであったけれど、想像以上に疲労が一気に襲ってきた。
動けない。
それどころか、急にむせてしまい、咳が止まらない。
「ちょ、ユラッ。大丈夫なのっ」
そこでアカネがそばに駆け寄ってきた。体を支えてもらう。
どうやら、威圧感から解放されたらしい。
「なんなの、あんた。さっきの何? なんか黒い靄みたいなものがあったけれど、あの力は何? 体は大丈夫なの?」
矢継ぎ早に聞いてくるアカネに、すべてに答える余裕なんてない。手で制するしかなかった。
「ボルガは……」
すべての問いに答えはせず、倒れたままのボルガを眺めた。すると、焦りながらアカネが身を起こして、すぐさまそちらに駆け寄った。
体が重い。けれど、そんなことを言ってられない。
ボルガのそばに続いて寄ると、ボルガは草の上で倒れている。
胸からの血が服に染み広がっている。目を閉じ、顔にも血の気がなくなっている。
アカネも追い詰められ、青ざめた表情で懸命に治療を初めている。正直なところ諦めていた。それでも首筋に手を触れる。
肌は冷たい。でも――
「生きてるっ。まだ息は微かにある」
もう少し戦いが続いていたのなら、ボルガは助からなかったかもしれない。
それでも微かにまだ息はあり、急いでカーポに戻ることにした。
マルチャに進む選択もあったけれど、ネグロの話もある。確実に治療をするべき、とカーポを選んだ。
危険ではあるとはいえ、助かる、と聞いた途端、またしても全身から力が抜けてしまう。
「あんただってボロボロじゃん」
意識が途切れてしまいそうなとき、アカネの叫喚が鼓膜を裂きそうなほど、全身を突き抜けた。
そんなに僕は激しい戦いをしていたのか?
どれだけの戦いだったんだ?
どれだけの傷を僕は負ったんだ?
じゃあ、どうやってネグロを退けた?
アカネの叫喚に眉をひそめた瞬間、いくつもの疑念に襲われてしまい、意識が遠のいていく。
あれ? 限界?
あれ?
なんで?