第3章 6 ―― ナマクラ ――
第三十七話目。
その剣っ。
6
ダメだ。
胸が落ち着いてくれない。脳裏の奥の片隅に浮かぶ人物の影が強く意識を刺激する。
鼓舞するも、叱咤するわけでもなく、記憶の断片としてうずくまっている。
「その武器を返せっ。お前が持つべき武器じゃないっ」
雑に剣を振り回しながら叫ぶが、ことごとくネグロには避けられ、反撃に僕の方が傷を増やしていった。
乱暴に剣を振りかざすと、軽々とネグロは避け、ステップを踏んで距離を取る。
「ふ~ん。その焦り、この武器に見覚えがあるみたいだな」
「言っているだろ、それはお前が持つべき武器じゃないっ」
マジマジと剣を眺めるネグロに怒鳴るが、聞く耳を持とうとしない。
「さあね。覚えていないってことは、それだけの実力しかなかったんじゃないか。こんなナマクラなんだからな」
乱暴に剣を地面に刺すと、大袈裟に両手を叩いて大笑いした。
「うるさいっ」
揚々と喋るネグロの姿をじっと見ていると、我慢の限界に達してしまい、叫喚した。
拍手をしていた手が唐突に止まる。
「はあ?」
それまで嘲笑っていた表情が急激に強張り、睨んでくる。
「誰に向かって、んなことを言っているんだ?」
「ほかに誰がいる? それもわからないのか」
油に火を注ぐことだとわかっている。けれど、今の気持ちには逆らえなかった。
「たかがナマクラ1つで調子に乗るなよ」
ネグロは舌打ちすると、右手を真横にすっと伸ばし、ギュッと手の平を広げた。その際、5本の爪が刃のごとく伸びた。
地面に刺した剣を残し、距離を詰めながら胸元で指を動かすネグロ。
表情からふざけた態度は消えていた。
目尻は吊り上がり、狡猾さを隠すことなく瞳孔を光らせる。これまでの殺気がより禍々しくなり、肌を切りつけてきそうで痛い。
まさに本気を出す、という雰囲気で、忘れていた震えが足元から湧いてくる。
ふとアカネを伺うと、彼女は怯えているのか、再び体を硬直させていた。全身を恐怖が襲っているのだろう。
「感謝しろ。今度は容赦なく殺してやるっ」
来るっ。
全身に走る警告に地面を蹴った。この場を避けなければ命はない、と咄嗟に判断して攻めた。
動かなければ、攻めなければ負ける。それだけは理解した。
けれど、刃が捉えるのは空だけ。何度もネグロの姿を捉えようとするのだけど、すぐに残影となって捉えることができない。
つい奥歯を噛んでしまう。
先ほどの戦闘とは比べものにならない速さ。本当に手を抜いていたのだと痛感させられる。
それに対し、僕の全身に切り傷が増えていく。ネグロはこちらの動きを完全に捉えてくる。それでいて、致命傷を避け、ギリギリと痛めつけようとしていた。
風に紛れ、ネグロの狡猾な眼差しがぶつかる。
だからこそ、余計に憎らしい。
クソッ。早くしないとな。
傷の痛みが次第に痛み出し、体力を奪っていく。
正直、立っているのが辛いほどに足に痛みが走る。けれど、膝を着くことはできない。
きっと、ネグロはそれを待っている。
これまでの言動からして激高している。だからこそ、追い詰めているはずだ、こいつは。
だから倒れられない。こいつは倒れるのを待って――
「――っ」
右肩に激痛が走った。
眼前に突如現れたネグロの飄々とした表情。すぐさま反撃したいにも、右手が動かない。
ネグロは左手の爪が5本、肩に突き刺さっていた。指を5本並べ、1つの剣の刃みたく鋭く。
動けば動くほどに激痛は酷くなる。
「もう飽きた。そろそろ死んでもいいんじゃないか。死ねよ」
本気っ?




