第3章 5 ―― それだけ ――
第三十六話目。
こいつはそんなに……。
5
呆然としたまま額を触り、己の血を確認するネグロ。
気のせいか、舌打ちをした気がした。
「確かにお前は強いよ。けど、それだけだ」
「それだけ? どういう意味だよ?」
「剣技はそれほどじゃない。好奇心だけで使ってるだけだろ。きっと器用なんだろうな。だから、多少の戦いはできる。剣技だけなら、お前を真似していたロアールの方が上だ」
ネグロの頬がまた引きつっていく。
「何が言いたい?」
「だから、〝それだけ〟って言ってんだよ」
最大の皮肉を放ってやった。これで激高して動きが鈍ればいいけど。
額の血を拭うと、手にした剣を捨てるネグロ。
「まあ、それは強がりと取ってあげるよ。それにマグレってこともあるからね」
それはどこか自分に言い聞かせているみたいに呟くと、新たに背中の荷物に手を伸ばす。
「確かにお前の言う通りかもな。どうも人を殺していくと、変な収集癖みたいなものが生まれてな。それを使って遊びたくなるんだよ」
と、新たな剣を取り出すと構え直す。
「さてと、第2ラウンドといくか」
「――?」
つい眉をひそめる。
気のせいか、と何度も瞬きをしてしまう。
ネグロが剣を握る右手付近。瞬きをしていくなかで、ネグロの右手首から、右肩に向け、微かに黒い靄が絡みついているように見えた。
うっすらと、まるで蛇がとぐろを巻くみたいにして、薄い靄が体を侵食していくみたいに。
「どうした? やっぱり強がりか?」
黙り込んでいると、ネグロが嬉しそうに話し、手首を回して剣で弄ぶ。クルクルと回す動きによって、纏わりついた靄が消えていた。
見間違いだったのか、とまた瞬きをしていると、不意に体が硬直してしまう。
そんなことより……。
「お前、その剣をどこで手に入れた?」
……だめだ。
「どうした? やけに感情的になった気がするんだけど?」
指摘され、息を吐き捨てて平静を保とうと胸に手を当てた。鼓動は激しく脈打っている。これまでの戦闘による乱れじゃない。
「その剣をどこで手に入れたっ」
冷静にならなければ、と諭すのだけど、堪えずに叫んでしまった。
「どうした? そんなにこの剣が気に入ったか? 僕としては二流のガラクタにしか見えないんだけどね」
ネグロは剣をかざし、太陽に当てて刃を光らせる。
細い両刃に鍔の部分に小さな赤い宝石で装飾された剣。ネグロはマジマジと眺め、罵倒する。
「――答えろっ」
憎らしめに目を細めたとき、地面を蹴っていた。一気に距離を詰め、剣を振りかざす。
ネグロはまったく隙を見せず、剣を受け止める。
「なんだ? さっきより動きが鈍いぞ」
ネグロの挑発を受けながらも攻め立てる。それでもすべてが軽くあしらわれ、流されていく。
動けっ、こいつを、こいつを。
焦りが理性を邪魔していく。体が言うことを利いてくれない。手に命令を下すのだけど、一拍間を置いて動いてしまう。
苛立ちが強まるなか、全身に傷が増えていく。それでも――
「だめっ。ユラ、攻めすぎっ」
見兼ねたアカネが大声で制止するけれど、これだけは譲れない。
絶対に聞き出す。
「ふんっ。さっきまでの威勢が嘘みたいだぞ」
うるさいっ。
―― 裏切り者っ。
―― なんで、お前はそうなんだっ。
―― なんで、鬼の言うことを。鬼は忌むべき存在だぞ。
―― 町を守るより、鬼の方が大事なのかよっ。
―― 俺は絶対に鬼を許さないからなっ。
―― あいつは鬼だぞ、ユラッ。
「答えろっ。それはランスの剣だっ。なんでお前が持っているっ」
こいつの剣っ。




