第3章 3 ―― お互い様 ――
第三十四話目。
鬼には気をつけないと。
3
禍々しい殺気を醸しながら話すネグロに息が詰まる。
それでも警戒しつつ、アカネとボルガの前に遮るようにして立った。
アカネが懸命にボルガの治療を進めるけれど、痛みで唸り声は鎮まらない。
「お互い様ってどういう意味だよ?」
ネグロの意図が掴めず聞くと、ネグロは手を止めて首を傾げる。
「だってそうだろ。お前たち人間は鬼を討伐しようとしているじゃん。なぜ鬼ばかりが殺される? だったら僕も人間を殺してもいいだろ」
平然と話すネグロに、より苛立ちが高まり、手に力がこもる。
「そもそも、鬼は人間に興味なんかなかったんだ。本能で生きて戦っていただけ。そこに強引に割り込んできたのは人間の方だ。邪魔する者は排除するだけ。お前らだって、害虫は排除するだろ。それと一緒じゃないか」
「本能って…… それって、〝修羅〟を倒すことか?」
これまで何度か鬼の習性みたいなことを聞いていた。
だからこそ、自然と聞いていた。すると、多少驚くネグロは、ややあって感心したように頷く。
「知っていたか。ま、それだけ鬼も人間に関わっちゃっているからね。その通りだよ。鬼は〝修羅〟と戦うことを本質としているさ。そこに邪魔したのが人間じゃないか」
「邪魔って、そんなことしていないじゃない」
ボルガの治療に包帯を手にしたアカネがたまらず声を上げると、ネグロが睨み返し、委縮して顔を背けた。
「そうかい? 僕にはそうとしか見えないけど」
アカネに迫ってくるのか、と身構えるけれど、今度は平然と受け流す。
「鬼で〝修羅〟を倒そうとしない奴なんていないんだよ」
高々と自慢げに言い放つネグロ。瞬間、つい鼻で笑ってしまった。すると機嫌を損ねたか、頬を歪めるネグロ。
「じゃあ、お前の目的はやっぱり戦うことなんだな」
「そうだよ。それ以外に何がある」
平然とするネグロに、かぶりを振る。
「そんなことはない。僕は戦いを望まない鬼と会ったことがある。そいつは戦いを望んでいなかった」
以前に会った女の鬼、そしてラピスのことを考えながら否定すると、これまでにないほどに面喰っていた。
どうも動揺したみたいだ。
「あり得ないね。そんな鬼は絶対に」
すぐさま言い切るネグロに、さらに嘲笑してやった。
「それはお前が無知なだけなんじゃないのか」
「なんだと?」
「自分が見たいものだけを見て、視野を狭めていただけなんじゃないのか? それだから知らないことが多いんだよ」
ここは責めどきだと、より蔑んで言い放つ。かなり癇に障ったらしく、見る見るうちに頬が紅潮していくのは明白であった。
「どっちにしたって、鬼の方が人に悪影響を与えているはずだ」
「……なるほど。そんなに君らは鬼を嫌ってるってことか」
それまで怒りを堪えていた言動のネグロであったけれど、急にしおらしく言うネグロ。
何かを企んでいるのか、気味悪さが強まる。
「と、当然だ。鬼は滅ぶべきなんだっ」
やめろって。
ネグロは挑発めいた態度に反応するべきじゃないのに、ボルガが反論してしまう。
「――逃げろっ」
咄嗟に叫んだとき、ネグロ、治療を受けていたボルガの姿が忽然と消えていた。
瞬きを忘れてしまいそうな一瞬、一度目蓋を閉じ、再び目蓋を開くと、視界の端に影が映り込む。
ネグロが元いた岩の上に姿を戻した。
しかし、その光景に息を呑んでしまう。
ボルガが後ろ手に拘束され、口元をネグロの手で塞がれていた。
「どうも、君は僕を怒らせるのが好きみたいだ」
青ざめるボルガに、ゆっくりと語りかけるネグロ。ボルガは震えながら声を漏らす。
「そんなに君は偉いのかい?」
笑いながら聞くネグロは指に力を入れ、押さえたボルガの口元に食い込ませていく。
「ほら、答えなよ」
声を発せられないボルガ。次第に嗚咽が漏れ、涙を流していく。
「そっか、そんなに偉いんだ」
ややあって、勝手に結論づけるネグロ。
ようやく手を放したと思えたとき、ネグロの右手の爪が刃のごとく伸びた。
「――止めろっ」
思わず叫んでしまうと、ネグロは伸びた手を後ろに回す。
嬉しそうに満面の笑みとぶつかったとき、ボルガの胸元を後ろから五本の爪が貫いた。
「お前、うるさいんだよ、さっきから」
話が通じない。




