第3章 1 ―― 悪いか ――
第三十二話目。
次に向こうは……。
第3章
1
それは、強がりでしかなかったのかもしれない。
けれど、ロアールの言葉が脳裏の片隅に残っているなか、マルチャに足は向かっていた。
果たして僕が向かうべきか迷うところだけど、微かに興味が出たのと、やはり戦う理由も聞いてみたかった。
だからこそ、アカネらに同行していた。
峠を越え、開けた草原を歩いてときである。
先頭を歩いていたのはアカネ。その後ろを歩いていたとき、ボルガの歩みが遅いことに気づいた。
振り返ると、ボルガは唐突に立ち止まり、うつむいている。
「どうしたの、ボルガ?」
悠然と歩いていたアカネも立ち止り、声をかける。すると、恐る恐るボルガが顔を上げる。
上げた顔は追い詰められたみたいに、青ざめていた。
「……マルチャ、行く必要があるのでしょうか?」
突然放たれた疑問に、「はあ?」とアカネが声を上擦らせる。
「何、言ってんの、あんたっ。まだマルチャが滅んだって決まってないじゃん」
「しかし、先ほど町はもうないと」
「なんなのっ。あんな奴の言うこと、信用するのっ」
「そういうことでは。ですが、鬼がいるのなら、危険を冒す必要はないと思うのですっ」
「でも、もしかすれば、誰か残ってる可能性だってあるのよ」
「ですが、奴の話では相当な強さなんですよ」
次第に2人の熱は上がり、口論となっていく。どこかボルガは怯えているみたいに感じてしまう。
「あんたの言ってるのは、町を見捨てるのと一緒なのよ」
「違います。強い者を集めることが優先ではないのですか、と言っているのです」
アカネの主張を否定するように、ボルガは右手を横に大きく振る。
それでもアカネは悔しがって唇を噛み、唸っている。
互いに一歩も引こうとしないなか、張り詰めた不穏な空気に髪を擦ってしまう。
目を血走らせるボルガ。背中を丸める姿を眺めていると、不意に小さな疑念が浮かんでしまう。
「だから、一度カーポに戻り、今後のことをちゃんと話す――」
「――なあ」
弱々しくも提案を持ちかけるボルガを静止してしまう。2人の視線が一斉にこちらに向けられた。
「お前、本当に鬼を倒す気があるのか?」
頑なにカーポに向かうことを拒むのを見ていると、抱いていた疑念を抑えられなかった。
もちろん、得体の知れない鬼に対して怯え、不安になるのは必然。僕だって望んでなんかいない。
けれど、異様なほどの拒み方。否応にも鋭い口調になってしまう。
じっと睨んでいると、うつむいて重力に負けた両手が垂れ下がる。しばらくして、一度大きく肩を揺らしたあと、顔を上げて仰々しく睨んできた。
「悪いか」
刺々しい言葉が返ってくる。あたかも怒りをぶつけられているみたいに。
「何、言ってんの、あんた」
アカネの問いにボルガは頭を激しく掻き、
「僕は強い人物を捜しているだけだっ。強い者が集まれば、僕が戦う必要なんてない。それが僕の役目だ。戦いは別の奴に任せるだけだ」
ボルガは急に叫ぶと、またしても右手を払い、感情を爆発させる。
「なんなのっ、じゃあ腰の剣はなんなのっ。それって飾り? 一緒に戦おうとしないのっ」
「仕方ないだろ。これはこれぐらい持っていなければ、誰も話を聞こうとしない。そうだよっ。これは形だけだ。僕は戦いたくなんかないっ」
一気に責め立てるアカネに反論し、本音を吐露するボルガ。完全に怯えて体を震わせている。
お互い自分の考えを主張し、ぶつけ合うなか、先に動いたのはアカネ。怒りを堪えているみたいに、拳を強く握りしめる。
「最悪。バカみたい」
アカネの蔑んだ声が宙に舞うと、すぐさま背を向けた。
「どう言われたって、僕は構わない。それが僕のやり方なんだ」
「――そ。好きにすれば。私はそれでもマルチャに行く」
「なぜ、わからないんだっ。戦いたい奴だけ戦わせればいいだろっ」
「本当に最低な奴ね。自分だけ助かろうとするんだから」
2人の間にちょうど僕は立っていた。2人の間に大きな溝がこの瞬間に生まれた気がした。
「まったく、うるさいものだね。静かにしてくれないか?」
頭上から大きな岩を振り落とされたみたいな衝撃とともに、知らない声が草原に木霊した。
考え方は人それぞれ、か。




