第二章 12 ―― 鬼が頂点になる存在 ――
第三十一話目。
目的地には上手く行けない。
12
滅んだってことは、また鬼が……。
「町の近くで鬼同士の争いがあったのか?」
「言ったろ。その鬼は町の戦士だったって。その鬼が人を殺していったんだよ」
「そんな、嘘だっ。だって、マルチャには、腕に自信のある者が集まっているんじゃなかったのかっ」
「そう、集まっていたよ。そのなかに僕もいたからね」
信じ切れないボルガが上擦った声で反論するけれど、ロアールは否定する。
「みんな自信満々だったよ。自分はどんな鬼にだって悠然と戦い、勝つことができるってね」
ロアールは手の平を眺め、ギュッと握り締めた。あたかも淡い期待を握り潰すかのように。
「自信とは怖いものだね。いや、傲慢って言ってもいいのかな。ほとんどの戦士が鬼と対峙するのが初めて。正直、舐めていたんだよ」
気のせいか? 急にロアールから殺気が消えていた。もう争うつもりはないのか。
「だけど、あいつは別格だった。ほとんどの戦士が戦いを挑み、散っていった。そりゃ、本当に強い奴もいた。そいつは初めての鬼に、怯える僕らを奮起してくれてね。でも、そいつも怯えるほどの鬼だったんだよ」
「その勇敢な戦士って?」
「なんだったかな。確か、ラ――」
「そんなはずはないっ。それだけ勇敢な戦士なら、負けるはずがないはずっ」
アカネの興味にロアールが答えようとしたとき、ボルガが声を張り上げる。ロアールの主張を否定したくて。
「俺は信じない。それほどまでの人物が集まって、全滅なんて」
それはボルガの願望であったのかもしれない。必死の叫び声は当然だったのかもしれない。
「ハハハハハハハッ」
険しい形相で睨むボルガを、ロアールは高笑いで跳ね退ける。
「舐めてるね、鬼のことを。なあ、あんたは態度からして鬼と遭遇したことがありそうだけど、教えてやれよ。この坊ちゃんに、鬼の強さってやつをさ」
ロアールは嘲笑してからかい、僕を巻き込もうとする。どうも、話が脱線しそうで目を逸らした。
「そんなことはっ――」
「うるさいな、まったく――」
「ダメだっ、逃げろっ」
消えていた殺気が瞬時に発せられた。
視線を戻したとき、ロアールの姿はない。
「ボルーー」
視界に黒い物体が襲ってくる。
咄嗟に剣で払った。
地面に音を立てて転げたのは、ロアールが被っていた仮面。
「ロアール、お前っ」
気配を探っていた刹那、息を潜めて剣を構え直す。
「なんのつもりだ?」
「ちょっと、イラついたからね」
ロアールの蔑んだ声が肌を切り裂いていく。
「動かないでくれよ」
ロアールの姿はボルガの後ろにいた。
張り詰めた空気のなか、青ざめた表情のボルガ。怯えた目で必死に僕を見つめ、助けを求めている。
ボルガは左腕を背中に回して押さえられ、自分の物であるはずの剣を首元に添えられ、拘束されている。
ロアールに剣を奪われ、そのまま押さえられている。仮面を投げた隙にこの動きとは。やっぱり強い。
アカネも圧倒されているのか、立ち竦むだけで何もできない。
「何も僕は人を殺さないなんて言ってないよ。あまり調子に乗っていると、殺すよ」
「――ふざ…… なんで、僕が……」
「あんた、一番、弱いだろ」
ボルガの腕をさらに押しつけると、ボルガは頬を歪める。
「そいつを殺して、何をする気なんだ?」
「別に。ただムカついたから、ちょっと遊んでみただけだよ。鬼をバカにしているのはこいつだからね」
と笑うと、ドンっとボルガの背中を押して解放した。反動でボルガは地面に倒れ込む。しかし、ロアールは剣をまだ握り締めたまま。
「そんなに鬼をバカにするなら、後悔すればいいさ。本当にあの鬼は強い。あんたはそれなりみたいだけど、きっと歯が立たないだろうからね」
ロアールは倒れるボルガの顔の横に剣を突き刺すと、仰々しい表情で警告してくる。
「本当に強さを追求するなら、鬼が頂点になる存在だからね」
「バカな。そんなことは――」
ロアールの結論に反論するボルガだけど、ロアールに睨まれると、委縮から口を噤む。
「その鬼の名は?」
「――ん? 殺される相手の名前を知っているのも面白いね。そうだな、ネグロだよ」
「――ネグロ」
名前を知ることで、より背中に緊張が走る。
「どうだい? 名前を知ることで、恐怖のイメージが沸くでしょ」
「また命を狙われるかもしれないぞ。そんなに簡単に名前を言うなんて」
皮肉を伝えると、得意げにロアールは鼻で笑い、アカネが抗うようにかぶりを振る。
「それでも私は行く。まだマルチャが滅んだなんて、信じ切れないから」
断言するアカネをまたロアールは笑う。
「だったら、殺されてきな」
戦わないといけない敵が多い。




