第二章 11 ―― 心酔する鬼 ――
第三十話目。
追い詰めたか?
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これで終わってくれ。
平静を装ってはいるけれど、内心では手を引いてくれることを願っていた。
何しろ、男は追い詰められながらも、まったく動じず、平然としていたから。
無理か。
「なあ、教えてくれ。お前はもし、心酔する鬼とまた会ったらどうする? 戦うのか? それとも、弟子にしてくれ、とでも懇願するつもりか?」
戦いを終わらせたくて、少し皮肉を込めてみるが、やはり動揺は見えない。
しばらく睨み合ったあと、男は口角を上げ、ようやく反応した。
「弟子か。面白いことを言うな、あんた。鬼が冷酷なのは僕も承知している。だから、それは望んでいない。鬼の手助けみたいになれば、光栄だけどね」
男は嬉しそうに両手を広げる。
「なら残念だな。鬼はお前のことを迷惑と捉えているかもしれないぞ」
男の存在を否定すると、微かに頬を強張らせる。
「昨日、カーポに鬼の遺体が置かれていた。最初はお前が力を誇示したくて、町に対しての警告だと思ったけれど」
「鬼の遺体? なんだ、それ?」
「だろうな。お前の話を聞いていると、心酔するなら、そんな相手を殺すことはないだろうからな」
より男の顔が険しくなる。
「警告だよ、きっと」
「警告?」
「そう。鬼は縄張り意識が強い。それにプライドも。だから鬼に対してもそうだけど、縄張りの近くで騒ぎを起こす者に対しての警告だ。わざわざ放置するってことは、もしかすれば、お前の存在や人だってことも気づいているんじゃないか」
「へえ。それは光栄じゃないか」
自分の存在が知られていることに喜ぶ男。反応にかぶりを振ってしまう。
「違うな。その遺体はお前に対する警告だ。邪魔をするな、と。もしお前がそいつに会ったとしても、すぐに殺されるよ。お前ぐらいの力じゃ」
「それでもいいよ」
まったく動揺することのない男に、唇を噛んでしまう。
「……お前、名前は?」
ふと、これほどまでに意志の強い人物の名前が気になり、不意に聞いてしまった。
「ロアール」
意外と男は素直に答えた。
「そうか。じゃあ、ロアール。僕はその鬼を殺すよ」
茶化すわけでもなく、真剣に言うと、またしても憎らしめに睨んできた。そしてすぐに視線を首元の剣に落とした。
「とりあえず、お手上げだ。もう手は出さない。この剣を下げてくれないか?」
ロアールの申し出に戸惑いはあったけれど、ややあってから剣を下げた。
「ちょ、いいの。こいつは強いんでしょ」
すぐさまアカネが不満で声を荒げるが、手を出して制した。大丈夫だ、と。
剣を鞘に戻し、アカネらのそばに下がった。ロアールは解放された安堵からか、首筋を擦る。
「じゃあ、君らはマルチャに向かうつもりかい?」
手を止めると、その場に胡坐を汲んで座るロアール。
「だったら、何?」
嫌悪感を隠さずに聞くアカネ。
「マルチャなら、もう滅んださ」
「――っ」
それはロアールの挑発であったのか定かではない。だが、少なからず動揺が走った。
マルチャも滅んでる?




