第1章 1 ―― フォルテ ――
第三話目。
本格的に本編に入っていきます
第1章
1
―― 鬼がなんでいる? そんなの俺が知るわけないじゃん。まあ、あいつらは鬼同士で争い続けてるって話だけどな。
―― 鬼同士で? でも、人が殺されたりしてるだろ?
―― そりゃ、鬼が人も襲うからだろ。だから、人も鬼と戦おうとする奴もいるじゃないか
―― 勝てんの?
―― さあ? まあ、鬼の方が断然強いみたいだけどさ。だから、争いを吹っかけることはないってことだろ。みんな、自分の身の回りを守るのに精一杯ってことだな。なんだよ、ユラ。お前は鬼にケンカでも売るつもりなのかよ?
―― まさか。僕はただ、面倒なことに巻き込まれたくないだけだよ。
―― 完全には難しいだろうな。だから、どこの町も自衛に力を入れるんだろうな。俺もそのつもりだ。お前もそうだろ?
―― 本当に面倒だよ。鬼と戦うなんて。
―― ま、街の防衛が高ければ、鬼が襲ってくる可能性も低くなるだろう。
―― ……そうなのかな?
人間は鬼の糧。
得意げに笑っていた鬼の言葉がずっと頭から離れてくれず、どうも胸がざわついていた。
どこか嫌な予感は歩幅を大きくさせ、気持ちを急かしていた。
確か近くに町があったよな。まさか、あの鬼がすでに襲っているってことはない、よな。
ったく。あの鬼に会わなければ、こんな面倒にならなかったのに。
酒屋の店員は僕を見て多少驚いていた。
「こんな町に旅の人かい?」
「まあ、そんな感じです」
「じゃあ、拍子抜けだろ。この町は田舎だからね。まあ、ゆっくりしていくといいよ。この町は穏やかなのが唯一の取り柄だからね」
ここは笑っておこう、と目を細めて頷いた。
出された飲み物を一口飲み、ふと息を吐いた。
店員はすでに別の席の客と談笑していた。砕けた口調や態度からして、どうやら常連客なのだろう。
フォルテ。
鬼と一戦交えたところからほど近い町。
鬼の口ぶりからして、近くの町が襲われている不安はあったけれど、どうもそれは杞憂であった。
椅子に凭れ、店を見渡していると、ふと頬が緩みそうになる。店長の言う通り、町は穏やかで、もめごととは無縁に見える静かであった。
それでも背中は痒い。こうした静けさが久しぶりだったからか、変に緊張してしまったのかもしれない。
ま、鬼に襲われていないだけでもいいか。
「にしても兄ちゃん。こんな田舎によく来たもんだね。その様子じゃ、腕に自信があるみたいだけど」
運ばれた素朴な味の食事に満足していると、隣りで食事を楽しんでいた小太りの男が気さくに話しかけてきた。
頬を紅潮させている様子からして、昼間から出来上がっているのだろう。
男は椅子のそばに立てかけていた剣を眺め、興味深めに目を輝かせている。
静かな町には不釣り合いな武器だろうし、好奇心だな。
「ま、護衛のために一応持ってるだけですよ」
ここは下手に刺激しない方がいいか。
「そうか。けど、この町じゃ落ち着けると思うよ」
「みたいですね」
店の外を眺め、ゆったりと流れる時間を観察していると、自然と笑みがこぼれてしまう。
だけど。
視線を店内に戻したとき、頬が引きつりそうになる。
「じゃあ、この町は鬼に襲われたことってないんですか?」
「ん? まあ、そうだな。ここのところはないよな?」
男は同席していた、これまた小太りの男に同意を求めた。すると、この男も頬を紅めながら頷いてみせる。
「大丈夫、大丈夫。この町は鬼に襲われはしないさ」
それまでの経験からかの自信からか、話を聞いていた店主が洗い物の手を止め、青いエプロンで手を拭きながら答え、目を細めた。
すると、「それもこの町の特権だな」と奥にいた別の客が声を上げ、店にいた客らの歓声に似た笑い声が店一杯に舞った。
それからはまるで町を誇るみたいにみなが声を上げていく。
「なんだい兄ちゃん。それを知って、この町に来たんじゃなかったのかい?」
盛り上がる客らを誇らしげに眺めていた店主が嬉しそうに聞いてきたけれど、反射的にかぶりを振ってみせた。
「なんだ、旅の子か? なんだったらここに住み着いてもいいぞ」
「ああ。若い子は大歓迎だ」
と、客からの提案に申しわけなく手の平を見せて抑えた。
「じゃあ、この辺だと鬼を見かけないんですか?」
お茶を一口飲み、尋ねてみた。少し不安もあったから。
男の鬼は町の近くにいた。この辺りを縄張りとしているなら、町を襲う可能性もあったから。
率直な疑問に首を傾げていると、どうも一瞬、店全体に幕が下りたみたく、沈黙が鎮座した気がした。
「……ないねえ。やっぱ、この町は恵まれているんだろうね」
思い当たる節がないのか、天井を眺めていた店主。視線を落とすのと同時にグラスを拭いていた手が止まる。
それほど考えるぐらい、危害がないってことか…… なら、あいつはここに近づいていないってことか。
きっと、鬼の気まぐれで助かったんだろう。
「……鬼は来ないってことか……」
っと。
顎を擦っていた手が止まると、つい声が漏れてしまう。
聞かれたか、と口元を押さえてみるけれど、店主は気にせず洗い物を再開させた。
「兄ちゃん、やけに鬼のことを気にするみたいだけど、何かあったのかい?」
一瞬の沈黙を忘れたのか、小太りの男がまた話しかけてきた。しっかりと右手には酒が満杯に入ったグラスを掲げて。
「あ、気にしないで。辛ければいいから」
僕に気遣ってか、別の男が制し、申しわけなく手刀を切ってきた。鬼に被害を受けたことがあると心配してくれたのだろう。
思わずもう一度お茶を飲むと、静かに息を吐き捨てた。
隠す必要は…… ないよな。
「ただ、鬼を探してるんです」
ちょっと長かったですかね。