第二章 10 ―― 狡猾な笑み ――
第二十九話目。
鬼じゃ、ない。
10
こいつ、また笑ったか?
空気が変わり、ほんの小さな間が生まれた。
「は? 何言ってるの、ユラ。こいつが人っ?」
重い空気を切り裂いたのはアカネの叫喚。信じていない様子に苛立ちが高ぶるなか、刃を揺らして鬼に詰める。
「……なんで、わかった?」
これまで聞いたことのない声が3人の間に広がる。後ろにいた2人に動揺がさらに走った。
「こいつをどけてくれ。もう手は出さない」
と、顔の横で手の平を見せ、降参を示した。
「信じていいんだな」
しばらくして刃を逸らして後ろに下がった。
それでも剣先はこいつに向けたまま。
まだ信じ切れず、警戒は解きたくない。
数メートル下がり、ボルガのそばまで下がると、足元にあった斧を踏みつけ、武器を奪う。
ややあって、そいつはもぞもぞと動くと、ゆっくりと立ち上がる。
「本当なの、こいつが……」
困惑するアカネをよそに、そいつは仮面に手をやり、上に動かす。ごそりと白髪とともに仮面が取られ、素顔が晒される。
晒されえた髪を整えようと、手で撫でる。青みがかった髪が陽に照らされた短い髪。左目の下に小さなホクロがある、穏やかそうな普通の青年に見えた。
こちらを伺うように見渡し、穏やかな表情とは似つかない、狡猾な笑みを浮かべる。
「で、なんで、僕が人だって気づいた?」
男は楽しむように聞き、仮面をボールみたく手で弾ませていた。
「ねえ、なんでわかったんだ?」
仮面を弾ませるのを止め、聞いてくる男。
「戦い方だよ。鬼は基本、体術や爪を使う。けどお前は斧を使ってた。それにその手、鬼特有の鋭さがない」
男は自分の手の平を眺めて感心する。
「けど、それなりの実力は確か。なんでこんなことをする?」
「こんなこと?」
男を睨み問うと、男は「はい?」と首を傾げる。
「なぜ、鬼の格好をして、こんなところで盗賊まがいなことをしてる?」
「そうよ。人を襲うって、何考えてるのよっ」
動揺が治まったのか、アカネも一歩踏み出して声を上げる。
「決まってんじゃん。カッコいいからだよ」
「カッコいい?」
「以前、僕は鬼を見たことがあった。そいつは5,6人の討伐を目的にした人間をいとも簡単に殺していったんだ。すごかったんだ。どれだけ攻められようと、一切傷を負うことはない。まるで、踊っているみたいに剣技を捌いて、そいつらを薙ぎ払ったんだ」
「何それ?」
「ってか、それが本当なら、怖くはなかったの?」
「怖い? まさか。完璧すぎる姿になんで怯えなきゃいけないのさ。僕はその優雅な姿に感銘を受けたんだ」
男は穏やかであると勘違いしていたらしい。鬼のことを発する間、男は興奮し、大きく手を広げて話すと、目は血走っている。
危ないな、このままだと。
「だからって、人を殺すことはないでしょっ」
話を聞いていたアカネが憤慨すると、男は狡猾に笑みを浮かべる。
「僕はさ、鬼になりたいんだ。そのためには人を殺して、殺して、強くなるしかないでしょ?」
まったく悪びれる素振りもなく言い放つ男。とんでもない態度にアカネは目を剥く。腰の辺りで拳を握り締める姿から、苛立ちを隠せずにいる。
そんなアカネを横目に、フッと息を吐いた。
「それで、お前はその鬼を知っているのか?」
これが何よりも重要であった。興奮を抑えて聞いたつもりでいても、男の目つきは鋭くなる。
ややあって、何かを企んでいるのか、含み笑いを浮かべる。
「知ってるよ」
自信を持って頷く男に、少なからずアカネとボルガに動揺が走る。
「そいつは隣のマルチャにいる戦士だよ」
「――戦士?」
「そうだよ。そいつはマルチャを拠点にしてる奴で、きっと自分の強さを高めるため、人を殺しているだろうね」
「そんなはずないっ。鬼が戦士だとっ」
それまで黙っていたボルガが急に声を荒げる。
「鬼が人に紛れるなんてあり得ない。あんな狡猾な連中がそんなこと」
あり得ないか。やっぱそうだよな。
「人を騙し、人に紛れる方が、効率よく動きやすいからじゃないか?」
「……そんな」
男の憶測にまたボルガは肩を落として怯える。
「それじゃ、鬼を助けるためにここにいるの?」
「さあ、どうだろ」
アカネの疑問に男はふざけて首を傾げ、茶化すのと同時に手にしていた仮面を地面に落とす。
「ま、邪魔させないよ」
仮面が落ちる音と同時に、背中に手を回す男。まだ武器を持ってるってことか。
「だったら、こっちも抵抗させてもらう」
男が腕を前に出したとき、すでに手には2本の短刀が握られている。
今度は二刀流ってことか。器用な奴だ。
男が短刀を構えると、同時に距離を詰める。
「どうしても戦うしかないみたいだ」
嘆くように呟いたとき、二度の金属音が跳ねた。
2本の短刀がクルクルと宙を舞うと、地面に落ちた。
戦いを長引かせるのはごめんだ。
「今度は本気で仕留めるよ」
冷めた声が宙に轟く。
手にした剣の刃が再び男の首を捉え、寸前で止めた。
「これで終わりだ」
カッコいい?




