第二章 8 ―― 手伝い ――
第二十七話目。
鬼が死んでる?
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「怖くはないのか?」
怪訝になりながらも、マジマジと鬼の遺体を眺めるアカネが不思議になり、つい聞いてしまっていた。
「ま、初めてじゃないしね」
意外と芯が強く、覚悟を持って行動しているのか、アカネは動じていない。鋭くまっすぐな眼差しを鬼の遺体に向けている。
どうも、長身で力強く見えるボルガの方が動揺しているらしい。右手で左腕を掴んで平静を装っているが、腕は震えを懸命に堪えており、目が泳いでいた。
彼の方が怯えている。
「しかし、どうしてこいつはここに捨てられているんだ?」
「捨てられてるって。意外と辛辣なことを言うのね。当然だと私は思うわよ。死んでるってわかっていても、信じ切れなくて動けないのよ」
冷ややかにアカネは僕を責めるけれど、首を傾げた。
「違うの?」
「僕が言いたいのは、どうしてここにこいつが運ばれているのかが疑問なんだよ」
「この鬼が瀕死の状態で来て、倒れたんじゃないの?」
「いや、多分違う。これだけの傷。それだったら、血がもっと流れていてもおかしくないはずだから」
「そっか」
確かに遺体の周りには血が流れ、地面を汚している。しかし、道中に血が落ちていない。鬼が歩いたのなら、その間に血で地面が汚れていてもおかしくない。
そこを指摘すると、アカネも不可解さに顎を擦った。
「それだけこの町の近くで鬼同士の戦いが激しくなっている、ということでしょうか?」
口を噤んでいると、ボルガが静かに疑念を漏らす。
まあ、それもそうなんだけど。
しかし、腑に落ちない。
「それだったら、戦った場所で放置するだろう。それなのにここにある意図がわからない」
「何かの思惑があると?」
ざわめきのなかで鼻を擦り、ボルガと悩んでいると、
「あんたら、鬼に詳しいのか?」
と、隣りにいた住民が訝しげに聞いてきた。
「いや、そんなことは。ただ――」
否定はした。けれど、胸に1つの可能性は浮かんでいる。
「……やっぱり、鬼からの何かの警告……」
話すべきか躊躇していたが、たまらず言ってしまう。
小声で漏らしたつもりであったけれど、住民は聞き逃さなかったのか、「警告」と顔を青ざめる。
1人の不安は言葉を発せずとも、周りに侵食していく。次第に誰しもが頬を引きつらせ、ざわめきが大きくなっていく。
「……警告って、それはマルチャに対してなんじゃ」
「バカ言うな。それはこの町には関係ないだろ」
ざわめきのなかで聞こえてくる。
「マルチャとは?」
次第に木霊していく言葉に、ボルガがそばにいた住民に投げかける。
「隣町の名前だよ」
「町? だったらなんでそれが警告になるのよ」
苦悶を浮かべる住民に、アカネが鋭く突く。すると、住民は力なくかぶりを振る。
「隣町にどうも凄腕の戦士がいるらしくてね」
「凄腕? でも、それなら――」
「集まるでしょう。そこに強者がいれば、〝力〟に縋ろうと。この町もそうだ。凄腕の戦士がいれば、守れるんじゃないかって」
「そうか。確か鬼を討伐するように人が集まるって言ってたよね」
「そう。それで力を増すことに対しての警告ってことか」
話を渋る住民の反応に納得してしまう。
「その町はそんなに腕の立つ人物がおられるのですか?」
そこで急に声を上擦らせるボルガ。どこか彼の目は期待を膨らませて輝かせている。それはどこか、この場に似つかない雰囲気に見えてしまう。
「なんとかならないものかね、本当に。急に怯えるのはもう懲り懲りだよ」
「……やっぱり、鬼がどこにも影響を与えるってことか……」
ボルガが提案を持ちかけたのは、騒ぎが静まり、宿に戻ったときである。
「興味はないね」
ボルガの熱意とは裏腹に、僕は冷静に答え、ベッドに座って壁に凭れた。
「しかし、マルチャの戦士、どれほどの力があるのか確かめるべきです」
部屋にはアカネとボルガがおり、どこか必死に僕に訴えてくる。
「僕はレガートに行かないといけない。だから」
「言ったじゃん、レガートはもうないって」
「それでも行くよ。それは僕なりのけじめってやつだよ」
セピアから預かった小袋はまだある。町がないからと、そのままにするのは気が引けるし、それこそ逃げるのは嫌だ。
「しかし、あなたもかなりの実力者。その人物を確かめるのに同行してくれませんか?」
ボルガにより熱意が強くなる。それでも僕は拒否した。
「いいじゃん。どうせならレガートに行くついでに寄ればいいだけでしょ。それに、近くにいる鬼も気になるし。私はそっちの方が心配なの。だから手伝ってほしいのよ」
「手伝うって何を?」
「危険な鬼なら、それこそ討伐したい」
「別に僕は偽善行為で鬼と戦っているわけじゃないんだけど……」
部屋にある椅子に座り、身を乗り出すアカネの誘いに、天井を仰いだ。
……面倒だな、ほんと。
「迷う必要はない。はいっ、決まりっ」
実力者、ね。




