第二章 7 ―― 警告 ――
第二十六話目。
早く休みたい……。
7
それからは地獄であった、と誰かに文句をこぼせるのならこぼしたい。
鬼になのか、鬼を討伐する者になのか、どちらかわからないけれど、アカネが変に興味を抱いてしまい、ほかの住民らに聞き続けていた。
僕は興味がなかったので、宿に向かいたかったのだけど、なかば強引に連れ回されてしまった。
ようやく宿に帰ると、変な気遣いをしすぎてしまったか、疲れて仕方がない。
ベッドに横になると、すぐに睡魔に襲われそうだ。
殺風景な天井を眺めていると、住民らの反応が頭をよぎる。
鬼を恐れる者は当然ながら、行商人らが困り、討伐を挑んで散っていった者を悼む者。様々な話が聞けた。
話を聞き終え、多少の安堵感はあった。住民らにフォルテみたいな後ろめたさがなく、素直な気持ちを聞けた気がして。
ま、その道を避けて通ればいいだけだしな。
目蓋が重くなり、次第に視界が閉じようとしていたときである。乱暴に扉を叩かれた。
溜め息がこぼれる。
「ユラ、起きてる? ってか、起きて。起きろっ。起きろってのっ」
最初は優しくノックされていたけれど、次第に強く早くなり、激しく鳴る音にアカネの声も乱暴になっていった。
「起きろっ。鬼が現れたってっ」
騒ぎに巻き込まれたくなくて、耳を手で覆っていると、アカネの怒鳴り声に閉じかけていた目を開けた。明かりが眩しい。
……鬼?
興味がないつもりでいたけれど、体を起こし、アカネを迎え入れていた。
「――来てっ」
興奮しているのか、頬を紅潮させていたアカネ。話を聞く暇もなく腕を掴まれ、引っ張られてしまう。
「今、鬼って言ったよな。なんだよ、それ?」
無理矢理連れられるなかで聞くと、
「なんか町の入口付近で鬼が現れたって。ボルガも行ってる」
「――行ってる? いや、鬼が出たんなら、危険だろうがっ。なんでだよっ」
強引に引っ張られたので、剣を持っておらず、引き返そうとするけれど、アカネは許さず、さらに腕を引っ張る。
「そんなのいいの。大丈夫」
「大丈夫って」
「ああもうっ。うるさいっ。ついて来いってのっ」
「なんだよ、それっ」
すでに陽は落ちて町の外は暗闇が支配しようとするなか、外灯が等間隔にぼんやりと淡く光り、町を光で包んでいた。
酒場などは明かりが灯されているけれど、どこか賑わいが途切れているみたいに感じた。
腕を引っ張られていると、次第に人の姿が増えてくる。夜の町で雑談しているのとは違い、住民らは少なく、歩いている人らはどこか同じ方向に向かっている気がした。
しかも、アカネもそれらの人に導かれるみたいに先を急いでいた。
「鬼が出たのに、なんでこんなに人が外に」
町の雰囲気がどうも受け入れられず、辺りをキョロキョロしていると、入り口付近に人が集まっていた。
「なんだよ、あれ……」
異様な人の集まりに疑念が強まると、ざわめきが聞こえてくる。人の奥に何かあるのか?
「――ボルガッ」
アカネの呼び声に、集団の一角で1人の男が振り返る。ボルガだ。
ボルガは僕らに気づくと右手を上げて呼んだ。
気のせいか、表情はどこか浮かない。
アカネに引っ張られたままボルガのそばに来ると、人だかりは大きな輪となり、誰もが悲壮な表情をしており、なかには顔を背け、口元を手で押さえている。
好奇と恐怖が入り混じった異様な空気が漂っていた。
「なんなの、これ。警告?」
「いや、なんで俺たちに。町は関係ないだろ」
誰にわからず漏れる不安は、どこか苛立ちを与える口論になっていき、空気が次第に張り詰めていくのを肌が感じる。
怒りや不安の原因を、と視線が落ちる。
……なるほど。これじゃ、みんなを不安がらせるよな。確かに警告なのか……。でも、やっぱりなんで?
地面にそいつは転がっていた。
手を見れば、爪は短くても尖っている。数時間前、いや、数分前には鬼として恐れられていた者が命を落とし、倒れていた。
左肩から右の脇腹にかけて、大きく斬られた痕のある鬼の遺体が忌むべき人らの好奇の目に晒されていた。
「ねえ、こいつって橋の辺りにいた鬼?」
「わからない。噂には、数人の鬼がいたって話もあるんだから」
「嘘だろ。こんな町の近くになんでそんなに」
人々の不安が飛び交うなか、鬼の遺体をじっと眺めてしまう。どうも、この鬼に対して胸がざわめいてしまう。
警告?
なんの?




