第二章 3 ―― 戦闘の後 ――
第二十二話目。
ゆっくりとしたい。
3
「本当にごめんなさいっ」
賑わっていた酒場に、女の大声が木霊し、酒を交わしていた周りの客らが一瞬手を止める。こちらを物珍しそうにまじまじと眺められた。
恥ずかしいから止めてほしいものだ。
好奇の目から逃れたくて、顔の辺りで手の平をかざして顔を隠した。
「私ってバカだ。本当にすいませんっ」
と、先ほどから頭を下げるのは一方的に襲ってきた女。僕が座る席の向かいに立ち、ずっと謝っていた。
隣りでは金髪の男も同じく頭を下げている。
「もういいから、頭を上げてくれ」
さすがに心苦しい。どうも、これでは僕が逆に周りに悪影響を与えそうで嫌だな。
「あら、そう? ごめんね」
女は目を疑うほど、あっけらかんと受け取り、何事もなかったみたいにすぐに椅子に座ると、「疲れた」と両手を大きく上に伸ばした。
隣りでは再度頭を下げて座る男をよそに、この短い間に女は頼んでいた飲み物を一気に飲んでいた。
あれ? はい? 謝れていたよな、僕は。
数秒前の出来事はなんだったんだ、と疑うなか、女は平然としている。周りの客らも静けさが戻っている。
「いやあ、バカだね、私も。ちゃんと見てなかったんだし」
女は口を尖らせ、額を恥ずかしそうに指で擦った。
「――で、そろそろ、あんたらの名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
このままでは話が進みそうになく、なかば責めた口調で聞くと、「忘れてた」と言いたげに女はパンと両手を叩き、男は改めて頭を下げた。
「いやあ、ごめんごめん。私はアカネっていうの。よろしくね」
「失礼。私はボルガと申します。先ほどは申しわけなかった」
女はアカネ、大人しい男はボルガか……。
2人と酒屋に入ったのは、裏路地での戦闘のあと。
僕の爪を見て、奇声を上げたアカネがなんとか剣を下げたあとである。懸命に陳謝する2人はさらに謝罪させてくれ、と懇願され、なかば強引に連れられてきたのである。
必要ない、と断ったけれど、アカネに「いいから」と腕を掴まれ、無理矢理引っ張られ、今に至った。
まったく、面倒だったのに。
「――で、いつから僕を見ていたんだ?」
「町の近くかしら。そこで男の鬼、倒したでしょ。鬼を倒すなんて、常人じゃ考えられない。それであんたは鬼なんだって思ったんだよね。ごめんね」
「我々がちゃんと確認しなかったのが原因です。本当に申しわけない」
アカネは相変わらず飄々とし、赤髪を撫でていると、言葉足らずの部分をボルガが補足していった。
それで鬼と間違えるとは、軽率なんじゃないのかよ。
しかも、確認もせずに襲うか、普通?
どこか非を認めようとしないアカネの平然と目を細めてつまみを口にする姿に、怒りは冷めて呆れてしまう。
「ねえ、じゃああんたの名前は?」
答える必要あるのか。これって。ま、いいけど。
「ユラだけど」
立場としては僕の方が強く出てもよさそうなんだけど、どうも主導権を握られている気がしてならない。
でもここで拒めば、さらに面倒になりそうで素直に言うと、アカネは嬉しそうにグラスを口に運ぶ。
「でもユラって、鬼を倒すほどの力があるみたいだけど、何か目的ってあるの?」
一口飲むと、プハッと満足しながら聞いてくる。
目的か。と僕もグラスを口へ運ぶと、間を空けた。
話すことに躊躇してしまう。でも、ここで拒めばもっと厄介になりそうだ。
「レガートに行くつもりだ」
「レガート?」
セピアとの約束。そのすべてを話してしまえば、また厄介になってしまいそうなので、内容は伝えず、目的地だけを伝えた。
すると、それまで陽気に話していたアカネは急に黙ると、隣りのボルガと顔を見合わせる。
ボルガは難しそうに顎を掻いている。どうも2人は何かを躊躇していそうだ。
「レガートって、もうないわよ」
……ない?




