序 ―― 鬼追いの道 (2) ――
第二話。
今回も序章となります。
こいつは鬼だったな。
勢いに任せた一撃は空を斬った。そこに鬼はいない。
やっぱ、簡単にはいかないか。
背を伸ばし、辺りを見渡してみると、木々の葉が風に揺れる。掠れた音が鼓膜を響かせ、風の流れに逆らう雑音が走った。
まるでこちらを囲うように走る雑音。微かな異変を追いつつ、両手で剣を構え直した。
すかさず刃が弾かれた。
動きに逆らわず構え直そうとすると、またしても剣を弾かれた。
それは一度や二度ではなく、刃の向きを変えるたびに金属音が鳴って弾かれる。
間髪入れず、鬼の猛攻が続いていた。それでも……。
「どうした? エラそうなこと言いながら、防戦一方じゃないか。所詮、人間の力はその程度なんだろ。調子に乗るなっ」
風に舞った鬼の声が四方から飛び散る。
やはりそうか。こいつは一撃で仕留めるんじゃなくて、斬りつけてくる気か。多分、僕をイラつかせようとしているんだろうけど。
でも大丈夫だよな、これぐらいの速さなら、やっぱり対応できる。
「お前は人を見下ししすぎてる」
イラつかないつもりでも、嫌悪感から憤りを抑えられない。
「それのどこが悪い?」
……面倒だな。
気持ちを抑えたとき、構えていた刃を下した。
「――っ」
葉のざわめきが一点に集中し、鋭い塊となってこちらに向かってきた。ようやく姿をみせたか。
視界の隅では勝ち誇った様子で憎らしめに笑みを浮かべる鬼。
右手の爪を刃として突きながら。
こいつが人を傷つけて遊ぼうとするのなら、隙を与えればいい。爪で深手を負わせられなければ、隙を突いてくるはず。
だからこそ、胸を晒して隙を与えた。
「じゃあな、人間」
刹那、胸元を狙っていた爪は空を突く。寸前で体を捻らせて避けた。
同時に右手首を捻らせた。
「――っ」
僕の剣が鬼の胸を貫いた。
「な、なんで?」
「お前の動きは単調すぎるんだ。誘えば、すぐに乗ってくるのは見えていた」
「……ふざ…… 人間に俺が……」
両手で柄を握り直し、一気に剣を抜く。
血が一斉に噴き出ると、血しぶきが大地に弧を描くみたいに染めていく。勢いを失った鬼はよろめき、膝を着いた。
すかさず首筋に刃を添えた。
「じゃあ、なんで人に危害を加えず生きようとしない?」
鋭く問いと、鬼は震えを抑えながら顔を上げる。痛みからか頬を歪めている。
「バカか…… 人間は鬼の糧…… だ。近くにいれば殺す……」
「共存は考えないってことか?」
「は? そんなバカげ…… たこと…… 鬼の恥でし――」
「――もう、いい」
鬼の態度に虫唾が走り、右手に力が入る。
刃が感情に任せて振り切ったとき、赤い血しぶきが空に吹き上がった。
「……期待して何が悪い」
傍らに転がった塊を睨み、吐き捨てた。
―― ……ねえ、1つ頼んでもいいかな?
剣を一度振り抜き、刃についた血を払うと、ふと懐かしい声が脳裏に浮かんでしまう。
大きく溜め息をこぼし、かぶりを振ってしまう。
「やっぱり、そうだよな」
次回より、第1章に入ります。